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1993年1月25日月曜日

808State 「Gorgeous」


 808ステイトが'91年初めに出したアルバム『Ex:el』は、今聴いてもほんとうにすごいアルバムだと、心からそう思う。「パシフィック・ステイト」に代表される、オーガニックで流麗なサウンドと、激しく躍動するテクノ・サウンドが奇跡のように結びついたこの『Ex:el』は、エレクトロニクスが生んだ精巧なアンドロイドのようなものだったのではないだろうか。

 僕たちがかつて聴いたことのないフューチャー・サウンドに彩られたこの『Ex:el』は当然のように売れに売れまくり、イギリスではトップ5アルバムとなり、ゴールド・ディスクにまでなった。「イン・ヤー・フェイス」「リフト」「ウープス」という、3つのシングル・ヒットを生み、ツアーを行なえば地元マンチェスターのG-MEXをソールド・アウトさせるのは当然、なおかつアメリカやここ日本でもソールド・アウトに近い売れ行きを示した808ステイト。彼らの「イン・ヤー・フェイス」や「キュービック」は、'91年から'92年にかけてダンス・ミュージック・シーンを席巻するテクノ・ブームの火付け役をみごとに果たし、中には“キュービック22"なんていうモロパクリのグループまで登場してしまうくらいの影響をシーンに与えたのである。

 また、808ステイトもしくはグレアム・マッシー名義でのリミックス・ワークも相変わらず数多くこなしてもきた。フィニトライブのシングル「101」やプライマル・スクリームの「ドント・ファイト・イット・フィール・イット」を始めとして、珍しいところではイエスの「ロンリー・ハート」やデヴィッド・ボウイの「サウンド・アンド・ヴィジョン」のリミックスで世間をあっと言わせたりしている。そしてもうひとつ忘れられないリミックスが存在する。それは、メンバーが師とあおぐ日本のテクノ集団YMOの超有名曲「ライディーン」と「灯(LIGHT IN DARKNESS)」のグレアム・マッシー/808ステイト・ヴァージョンだ。これは、彼らのほかにシェイメンやオルタネイト、LFO、スウィート・エクソシストなど、ここ1~2年シーンをにぎわしているイギリスのブリープ・ハウス~ハードコア・テクノ系のアーティストによるYMOのリミックス・アルバム「ハイ・テック/ノー・クライム」に収められたもの。折からのテクノ・ブームに乗っかって、そのパイオニアであるYMOの再評価熱が高まってきた昨今だが、このシェフィールド/マンチェスターという、イギリス北部の二大テクノ・シティのアーティストを中心にしたこのリミックス盤は、大いに話題を呼んだ。その中でも、グレアムの手による「ライディーン」のリミックスは意外な展開で非常に興味深いもので、808ファンは必聴だ。

 という感じで、808ステイトは『Ex:el』で自らテクノ・ブームの種をまき、ツアーのステージでも、ソフトな曲調のものよりも、はるかにヘヴィなサウンドを持つ曲を中心に強固な世界を構築することによってその芽を育ててきた。

 その結果、世はまさにテクノ天国の様相を呈してくるわけだけれども、そうなった後の808ステイトは、何となく意識的にそうしたシーンから一歩引いて、少し離れた部分からそれをながめていたような気もする。というより、もともとそうしたシーンを作ったつもりでもなければ、そこに身を置くつもりもないといった風情でもあったのだろう。彼らは'91年中に前述した3枚のシングルを『Ex:el』からカットした後、ピタリと自身のディスクを出さなくなってしまう。

 そんな折入ってきた大ニュース。それは、4人のメンバーのうちでは最年長者で、バンドのスポークスマン的役割を果たしてきたマーティン・プライスの脱退という、暗いニュースだった。

 音楽紙などで見る限り、マーティンの脱退の理由はこういう感じだ。"『Ex:el』がリリースされた後、808ステイトがもたらしたテクノ/ハードコア・ブームは、808ステイト自身にまで逆に影響をおよぼし始めた。音楽シーンは急速度で変っているのに、808ステイトはメジャー・レーベルの反応の遅さのせいでそのスピードに乗り遅れるようになってきた。マーティンは、リリース・スケジュールの制限と遅れ、そして終りのないミーティングの連続にいや気がさしたのである"――

 このことについては、808ステイトが3人で来日公演を行なった'92年春、グレアムに直接話を聞くことができたので紹介しておこう。「実は(マーティンには)やめてもらったんだよ。なぜかというと、これはもう方向性の違いとしかいいようがない。彼は、昔の808、マニアックなクラブ・サウンドをやる808に戻したがってたんだけど、そういう回帰は12インチ・シングルなんかにはいいだろうし、オタッキーなファンもつくかもしれない。彼はそのためにも12インチ・シングルのリリースを中心とした活動をするよう主張を始めたんだ。でも、僕らはそれには全然賛成できなくて、もっと拡がりのある、より多くの人に聞いてもらえるようなレコードを作りたかった。僕ら3人はそう言ったんだけど、彼はいやだと言うんで、仕方なくやめてもらったという次第だよ」(ポップ・ギア誌'92年6月号/吉村栄一氏によるインタビューより)

 マーティン・プライスは、ジェラルド・シンプソン(ア・ガイ・コールド・ジェラルド)が在籍した頃の808ステイト、クリード・レコードからデビュー・アルバム「NEWBUILD」をリリースした頃の、ゴリゴリのアシッド・ハウス時代に戻りたがっていたのだろうか。元々マーティンは、マンチェスターのレコード・ショップ、イースタン・ブロックの3人のオーナーのうちのひとりだった。それゆえ、コンテンポラリーなダンス・ミュージックの動向についてはメンバーの中でもずば抜けて詳しかったわけである。現在マーティンは、スウィッツランド(SWITZLAND)なるプロジェクトをスタートさせているときくが、それよりも重要なブレーンを失った808ステイトの行く末を案じたのは僕だけではあるまい。

 だが、そんな日本人の不安などどこ吹く風と言わんばかりに、3人になった808ステイトは'92年2月末、2度目の来日を果たす。題して「THE TECHNOTAKU TOUR」。おいおい、何てネーミングだよこれわあ おこるぞこら。

 が、ステージは悪くなかった。すべては杞憂に終わったようである。

 「パシフィック・ステイト」「キュービック」などのヒット・ナンバーに加え、3曲の新曲「レモン」「ノーマン」「10×10」、そして何とアフリカ・バンバータの「プラネットロック」のカヴァーまで演ってしまった新生808ステイトは、目も眩むようなレーザー・ビームの乱舞の中で、よりヘヴィでポップな姿を僕たちに見せてくれたのだ。

 それから半年。'92年8月には新生808ステイトのニュー・マテリアルが我々のもとに到着した。そのシングル「タイムボム」は、ヴォコーダーが誇らし気に「エイト・オー・エイト」を連呼する(YMOの「テクノポリス」を思い出してしまったぜ)、短いながらも激しいテクノ・チューンである。

 次いでは本稿執筆時点では未発売だが、おそらく11月末にはもう1枚のシングル「ワン・イン・テン」のリリースがあるはず。そして年明け早々、世間の期待を担うニュー・アルバムが、いよいよそのヴェールを脱ぐ。


 タイトルは『ゴージャス』。


 何とも凄いタイトルだ。『Ex:el』だって相当なものだと思うけど、今回はさらにその上を行ってる。そういえば、『Ex:el』のライナーも僕が担当させてもらったんだけど、あの拙文を僕は「これはいい。何というゴージャスなここちよさだろう」というセンテンスで始めていたんだった。先見の明ありでしよ(笑)。

 それはさておき、このタイトルについてはグレアム・マッセイからのメッセージがある。「この“ゴージャス”という言葉には、いろいろな意味がある。“すばらしい”という意味だけど、それはシリアスにもなるし、逆にすごくふざけた感じでも使えるんだ。808ステイトの音楽はいつも深刻なわけじゃなくて、ユーモアのセンスにあふれていることを人々は見落としがちなんだ。YMOだってそうだったようにね。“ゴージャス”という言葉も、そんな二面性があるから、まさにこのアルバムのサウンドを反映していると思う」

 うーん、しかし本当にこのアルバムは“ゴージャズ”だ。サウンド的にも、ムード的にも、そしてゲスト陣も、である。

 前作『Ex:el』では、ニューオーダーのバーナード・サムナーと、シュガーキューブスのビョーク(彼女は最近、808ステイトのヘルプでソロ・アルバムを完成させたようだ)という豪華ゲストの参加が話題になったけれど、その点ではこの『ゴージャス』も抜かりはない。

 まずは2曲目の「MOSES」を聴いてほしい。僕も初めは耳を疑った。まさか……! この曲を808ステイトと共作し、ヴォーカルもとっているのは、元エコー&ザ・バニーメン、現在はソロで活躍する酔いどれマックことイアン・マッカロクその人なのである。両者の結び付きはとても意外なものだったが、この邂逅をもたらしたのは、この二組に共通するライティング・マンだったという。イアンはこれまで808ステイトの音楽を実際に耳にしたことがなかったという(ホントかよ?)。で、たまたまこの『ゴージャス』のデモ・トラックを何曲か耳にして、それまで嫌いなタイプの音楽だと思っていた808のエレクトロニック・ミュージックが、実はとてもいいものだということに気づいたんだそうだ。808のメンバーも、イアンの声に魅力を感じていたということで、両者のコラボレーションが実現したのである。その結果はお聴きのとおり。マイナー・キーの哀愁を帯びたバック・トラックに、マックのエモーショナルなヴォーカルはきわめてしっくりとはまっているのがわかるはずだ。そういえばグレアムが「マックは今、KLFのビル・ドラモンドと何かやっているみたいだよ」と語っていたが次のマックのアルバムは全篇ダンス・サウンドになったりして、ね。

 ゲスト・ヴォーカリストとしてはもうひとり、6曲目の「EUROPA」で浮遊感覚あふれる声を聴かせるキャロライン・シーマンにも触れておこう。彼女は4ADレーベルのオーナー、アイヴォ・ワッツ・ラッセルのプロジェクトであるディス・モータル・コイルのセカンド・アルバム「銀細工とシャドー」('87年)で、ワイヤーの「アローン」や、オリジナルの「レッド・レイン」で美しいヴォーカルを聴かせていた女性シンガーである。808ステイトがベルギーでフォト・セッションを行った時のカメラマンのガールフレンドが彼女で、その時メンバーは彼女のテープを受けとった。後になってそれを聴いて、彼らはすぐに彼女に電話したんだそうである。808ステイトは彼女の声にほれ込んでいて、今後また共作の可能性もあるらしい。

 アルバムからの2枚目のシングルでもある5曲目の「ワン・イン・テン」は、バーミンガムのインターナショナル・レゲエ・グループ、UB40の初期のヒット・ナンバー(UKチャート7位)の808ヴァージョンである。この意外なアイディアは、ダレン・パーティントンの作ったドライヴ用のテープに始まった。彼は古いポップ・レコードとダンスのブレイクビーツをミックスしたテープをいろいろ作ってるそうなんだけど、その中でUB40とテクノを組み合わせてみたら、けっこういいものになったから、ということらしい。この曲のベースラインがまたクセモノで、オリジナルも似ているんだけど、こうして808ステイト・ヴァージョンで聴くと、シンセ・ベースがもうモロにクラフトワークのモデル(アルバム「人間解体」に収録)のそれなんだよね。

 そして、この『ゴージャス』の中でも、おそらくマニアの話題を一手に集めそうなのが3曲目「CONTRIQUE」。わかる人にはわかるこのベースライン。そう、これはマンチェスターの誇るカルト(?)バンド、ジョイ・ディヴィジョンの「シーズ・ロスト・コントロール」(アルバム「アンノウン・プレジヤース」に収録)のベースラインなんだ!!

 「これは僕のアイディア。ダンス・レコードにすごくダークなものを持ち込むというね。いい効果をもたらしたと思う。早くてエキサイティングなムードの曲の中に、いきなりジョイ・ディヴィジョンが出てくるなんて、誰も思いもしないだろ? コントラストが効いてるし、クラシカルなムードももたらされていると思う。マンチェスターのクラブでこの曲をプレイすると、すごく盛り上がるよ。オリジナルはダンス・フロアには絶対流れないと思うけどね(笑)」

 この『ゴージャス』は、テクノ・ブームに対する808ステイトからの返答であるのだろうか?

 「確かに“キュービック”や“イン・ヤー・フェイス"のヒットが多くの人々をヘヴィな音楽に向かわせるきっかけを作ったことは事実だ。だが、それはいいことばかりではなかった。ここ一年くらいで、イギリスのヘヴィ・テクノは本当につまらなくなってしまった。それはほとんどロック・ミュージックといっていいようなものであり、でも僕たちが追求していたのはもっとイマジネイディヴな音楽だからね。『Ex:el』はそういったイマジネイディヴ・ミュージックのいい例さ。あの中には確かにヘヴィなテクノもあったけどそればかりじゃないだろう? しかし実際にはハードコアな方向ばかりが取り沙汰されてしまったんだ。『Ex:el』がそういったブームの火付け役となったのは確かだけど、もっと別の方向への影響だったらよかったよね。808ステイトの音楽は、よりイマジネイディヴでクリエイティヴなものだ。この『ゴージャス』は、ちまたにあふれる中身のないハードコアものへの挑戦状と受けとってもらってかまわない」(グレアム)

 そう、この『ゴージャス』は、もはや一般レベルで考えられる"テクノ・アルバム”ではないのだ。確かに新しいテクノロジーはガンガン使われているし、複雑になってもいる。しかし何よりすごいのは、テクノロジーを駆使すればするほど陥りやすい罠から、808ステイトは完全に逃れていることだ。まず、このアルバムは、アッパーイケイケなムード(「10×10」「タイムボム」など)と、ゆったりとくつろいだムード(「BLACKMORPHEUS」など)がバランスよく共存することによって、モノトナスになる危険性を回避している。そしてもうひとつ、ここで聴けるエレクトロニック・ミュージックが決して“非人間的”なものではないということ。808ステイトはこれまでも、高度なテクノロジーを使いつつも、アナログ的な質感を大事にすることによって、マシーナリーになることなく暖かみのあるサウンドをクリエイトしてきた。しかるに808ステイトは、『ゴージャス』において、そのサウンドに香るような“なまめかしさ”を加えてきたのである。もうこれは“色気”といいかえてもいい。このあまりに艶っぽい音の感触は、凡百の808コピー・バンドがいくらがんばっても、絶対に追いつけない領域にまで達している。

 この『ゴージャス』を聴いた後では、“エレクトロニック・ミュージックは魂や感情に欠ける”といった物言いはもはや無効である。これは、最新のテクノロジーが生み出した、'90年代のソウル・ミュージックなのだ。これが本物なのだ。もはや寄り道していることは許されない。ここにのみ、真実がある。

 かくして、テクノは新たな段階へと進んだ。そのあかし、それがこの『ゴージャス』である。

[1992年9月29日(NOVEMBERREMIX) 杉田元一]

1991年4月25日木曜日

808State 「Ex:el」


  これはいい。何というゴージャスなここちよさだろう。

 808ステイトのニュー・アルバム「EX:EL」――ライナー・ノーツを書くためにレコード会社から渡されたテープを、冗談抜きに朝から晩まで聴き続けたオフィスではウォークマンで、そして家ではスピーカーから流れるエレクトロニクス・サウンドにどっぷりと浸る日は10日ほど続いただろうか。

 まったく飽きないのだ、不思議なことに。2、3日前にCDを手に入れてからは、ほとんどリピートでかけっぱなしにしているのだが、未だに新鮮さを感じるのだ。

 僕は、これを聴きながらThe ORBのアレックス・パターソンの言葉を思い出していた。「ディープにも、意味ありげになってもいけない。心を開き、アンビエンスの中に入り込めばいい。それこそがハウス・ミュージックの美学なのだ。精神を開かれたものにすること――最良のアンビエント・ハウスは決して退屈なものではない。繰り返し一晩中聴き続けたとしても。最良のハウス・ミュージックは、トリガー・メカニズムを持っている。音が唇に降り注ぎ、顔には微笑を浮かべさせてしまうような…」

 808ステイトの「EX:EL」は、そのアレックス・パターソンの定義に従えば、まさに“最良のハウス・ミュージック”に他ならない。だが、何かひっかかる。…。これは"ハウス”なのだろうか?"ハウス”というカテゴライズが、ここにあてはまるのか?もしそうでないとしたら、いったい…?


 808ステイトの成功は、イギリスにおけるハウス・ムーヴメントがアンダーグラウンドを抜け出してオーバー・グラウンドへと躍り出ていった、そのサイクルにちょうどシンクロしている。88年春、マンチェスターで結成された808ステイトが、自分たちのレーベル、Creedから出したファーストアルバム「NEWBUILD」は、アンダーグラウンドなアシッド・ハウス・シーンの一部で話題になったに過ぎなかった。だが、89年夏にリリースしたミニ・アルバム「Quadrastate」で、オーガニックでなめらかなサウンドに転じ、その中の「パシフィック・ステイト」がクラブ・シーンでヒットを記録したことで彼らの運命が変わった。この「パシフィック・ステイト」こそ、808ステイトを一気にメジャー・シーンへと押し上げ、アンダーグラウンドの足かせから解放した上で、ハウス・ミュージックに新しい道を開いたという観点からも、重要な曲となったのである。

 このヒットにより、トレヴァー・ホーンのZTTレーベルとの契約にこぎつけた808ステイトは89年末、「パシフィック・ステイト」の別ヴァージョンを含むアルバム「ナインティ」をリリース、その地盤を着々と固めてゆく。808ステイトの名は、ハウス・シーンにおけるステイタス・シンボルとして注目を集め始め、特にエンジニアとしてのグラハム・マッシーのもとには、さまざまなアーティストのリミキサー/エンジニアとしての仕事依頼が殺到するようになる。インスパイラル・カーペッツの「Joe」を始め、シェイメンの「Human NRG」、元キリング・ジョークのユース率いるブルー・パールの「Naked In The Rain」、フラワーポット・メン改めサンソニックの「Driveaway」、ブライアン・イーノとの共同作業で知られるアンビエント・トランペッター、ジョン・ハッセルの「Voiceprint」など、数多くのレコードに彼らの名前を見出すことができる。「808Remix」というステッカーは、聴き手にとってもおおいに魅力的なものだ。

 これは確かに余技的な仕事にすぎない。しかし彼らはハウスのアーティストとしては珍しくいくつかのツアーをこなし、また昔から彼らと親しい白人ラッパー、MCチューンズのバックトラックを全面的に手掛けながら、808ステイトとしての作品を生み出すことに精力を傾けていくことを忘れたりはしなかった。「ナインティ」の後、「The Extended Pleasure of Dance」、そしてアメリカのみ特別に6曲が追加された米国盤「ナインテイ」およびシングル「Cubik」(ここには後に「EX:EL」に収められる「In Yer Face」が収められている。従って「Cubik」も「In Yer Face」も、アメリカで先にリリースされたということになる)をリリース、続いてイギリスで「Cubik/Olympic」の2枚のリミックス盤を出した808ステイトは、91年に入り、「In Yer Face」のリミックス・シングルを2枚リリースする。そして間もなく届いたのがこのアルバム「EX:EL」なのである。

 ジャケットの「808」のロゴが、ZTTと契約する前のアルバムで使われたタイプに戻っているという話題はさておき、このアルバムで最も注目されるのは、2人の驚くべきゲストの参加に違いない。

 2曲目の「スパニッシュ・ハート」でヴォーカルを披露するのは、マンチェスターのダンス・ムーヴメントの草分けとも言えるニューオーダーのバーナード・サムナー。ロックに、ヒップホップ等のダンス・リズムをいちはやく取り入れ、独自の音響記号論を展開していったニュー・オーダーは、808ステイトが彼らと同じスタンスにいることを見抜き、また808ステイトの方もニュー・オーダーをロックにダンスを取り込んだ開拓者として尊敬しているという具合で、交流もあったようだ。バーナードは808ステイトのギグに飛び入りし、「マジカル・ドリーム」を歌ったこともある。この「スパニッシュ・ハート」は、ニュー・オーダーの「テクニーク」に収められていても不思議はないほど(事実、この歌詞の内容は「テクニーク」の中の「ミスター・ディスコ」の続篇的なものだという)ニュー・オーダー的になっているが、それはやはりバーナードのヨロヨロしたヴォーカルのせいだろう。808のダーレンは言う。「僕たちはこの曲を意識的に"非ニューオーダー的”にしたつもりだったんだけど、バーナードのヴォーカルが入るとそれはあっという間にニュー・オーダーになってしまうんだ。ヴォーカルをとってしまうと全然そうは聴こえないんだけど…」

 「バーナードがベストなシンガーじゃないってことはみんな知ってるさ。でも彼はユニークだし、自分自身のスタイルを身につけてるよ」とマーテインが説明するのを待つまでもなく、バーナードはかつて言われたように、"無個性な“ヴォーカリストなどではまったくない。彼の声は、この曲にメランコリックな陰影を与えている。

 4曲目の「Qマート」と7曲目の「000PS」でヴォーカルをとるのは、アイスランドのちょっと風変わりなバンド、シュガーキューブスのコケティッシュな女の子、ビョークである。シュガーキューブスのサウンドは、およそハウスには無縁っぽいし、バンドのメンバーもインタヴューで「ハウスをとり入れることはありえないだろう」と語っているので、ビヨークが808ステイトのファンだったというのはちょっとした驚きではあった。彼女は808ステイトのオフィスに「あるアイスランドの女の子が808ステイトとの共演を望んでいる」とだけ伝え、シュガーキューブスの名を全く出さなかったという。ビョークは最初、ソロ・アルバムを作るつもりで808にコンタクトをとってきたらしいが、とりあえずはこの2曲のみになったようだ。ちなみにマーティンは「バースデイ」は好きだが、グラハムは、シュガーキューブスをあまり好きではないと語っている。いずれにしても、あのこぶしをきかせるビョークの独特の唱法は、ここでも変わることがない。

 以前に共演の噂があったモリッシーといい、今回のこの2人といい、ヘタをすれば主役を食ってしまいかねないゲストをあえて迎えてしまう808ステイトは、何と自信に満ちあふれているのだろう。彼らにとっては"ヴォーカルもひとつの素材にすぎない”んだろうけど…。

 サウンド的におもしろいのは、前作のサクソフオーンにかわって、今回はトラディショナルな楽器としてエレクトリック・ギターがフィーチャーされていることがある。6曲目の「リフト」は、流麗なストリングスとピアノがムーディーな曲だが、その中間部で突然ギターが金切り声をあげるのだ。この曲は、僕の手許にあるデモカセットでは「Guitar」という単純明快なタイトルになっている。また、10曲目の「キュービック」のハード・ロック風ギターは、もうシングルでもおなじみだと思う。

 このアルバムの裏ジャケットには、彼らの使用器材がまとめて掲載されている。それを見て驚くのは、そこにはこれと言って特筆するような器材はほとんどないということだ。日本でだって、少しマニアックなテクノ小僧なら持ってるようなものばかりだ。結局、音楽とは、ハウスとは、テクノロジーに頼るのではなく、それをいかに使いこなすかという、センス次第なのだということを彼らはここでアピールしているのだろう。また、おなじみのTR808、909の他に、ミニムーグやローランドのSHシリーズ、ヤマハのCSシリーズなどの、アナログ・モノフォニック・シンセが多用されているのも目立つ。デジタル全盛のこの時代にあっても、かつての不安定なアナログにこだわるアーティストは多い。その不安定さが逆に音の暖かみや厚みにつながるのだが、808は以前からそうしたアナログ的な部分にも目を配ってきた。その最初の成果が「パシフィック・ステイト」だったわけだが、この「EX:EL」では、デジタルとアナログの共存が、ひとつの究極的なスタイルとなって結実している。アヴァンギャルドでありながらオーセンティック、ノイジーでありながらピュア、そんな排反する要素が拮抗しながら、ひとつの理想を生み出す――それがこの「EX:EL」なのだ。

 それにしても、このアルバム全曲を通して流れるこのここちよさは、いったいどう表現したらよいのだろう。「ナインティ」にもあった、フィージョン的な肌ざわりのよさを持つサウンドは、よりなめらかさを増し、ほのかな色気すら漂わせる。

 先日、テレビで放映されていたスキーのワールドカップ大会で、BGMで808ステイトの「キュービック」が使われていたが、彼らのサウンドは、ある意味でサウンドトラック的な要素も持ちあわせているのではないだろうか。この「EX:EL」には、何か映像的イメージを喚起するある種のパワーが確かにある。先にアレックス・パターソンが言ったように、優れたハウスにはそうした力が宿っているものなのだろう。

 しかし、この「EX:EL」は、もはやそうした“優れたハウス”というカテゴリーを超えている。ここに内包されたXLサイズの強大なパワーを前にしては、もはやカテゴライズなど何の意味も持たない。ここには「踊ることもでき、聴くこともでき、無視することもでき、瞑想に導くこともできる」音楽があるのみなのだ。


 808ステイトは、あらゆる情報をとり入れながら、その創造力をふくらませつづけている。彼らが行きつく果てがどのようなものなのかそれを見ることは、この時代に生きる我々にのみ許された特権なのだ。

[1991年3月 杉田元ー]

1990年12月21日金曜日

The Shamen 「EN-TACT」


 80年代の終わりから90年代にかけてのイギリスの音楽シーンでもっとも顕著だったのは、いわゆるインディ・ロック(死語?)とアシッド・ハウスの融合だったというのは多くの人が認めるところだと思う。ハッピー・マンデーズ、ジーザス・ジョーンズ、ストーン・ローゼズ、プライマル・スクリーム、ビーラヴドなど、多くのバンドがクラブ・サウンドに目を向けるようになったのは、死に体にあったイギリスのシーンにとっては幸いなことだったはずである。

 ただし、彼らとて、ハウスに接近したとはいえ、やはり未だにロックという文脈(コンテクスト)から完全に逃れるまでには至っていない。売れっ子ミキサーによるクラブ・ヴァージョンを造り出していくのがせいぜいであり、コンサートにしてもライティングに少し凝るくらいで、基本的にはあまり変化がないというのが実情だ。それが悪いとは言わない。ただ、もっと別のやり方――それも極端な――もあるということである。

 それを、シェイメンは実践した。彼らはロックというノスタルジアに拘泥することなく、そのコンテクストから軽々と飛翔してみせた。その結果産み出されたこのアルバム『EN-TACT』―これこそ、サイケデリアとハウスが生んだ鬼っ子なのである。

 シェイメンの母体となったのは、スコットランド東北部、アバディーンで結成されたアローン・アゲイン・オアというバンドだった。メジャーのポリドールと契約していたこのバンド(グループ名は60年代サイケ・グループ、ラヴのアルバム『Forever Changes』の中の1曲からとられた。)は、85年に解散し、その中心メンバーだったコリン・アンガス(vo,g)、デレク・マッケンジー(b)、キース・マッケンジー(ds)が同年、シェイメンをスタートさせたのである。バンド名のShamenは、メンバーによると、Shaman(シャーマン――呪術師のようなもの)のミス・スペルであるらしい。「それはジョークであり、パロディでもあるんだ。現代社会におけるポップ・グループの役割のね」(デレク)

 シェイメンのレコード・デビューは86年4月。インディ・レーベル、One Big Guitarから登場した「They Might Be Right/......But They're Certainly Wrong」と題された3曲入り(Happy Days他)のシングルが彼らの記念すべきファースト・シングルとなった。

 次いでシェイメンは、自分達のレーベル、MOKSHAを設立、そこからセカンド・シングル「Young 'Till Yesterday」を同年11月リリースした。このセカンド・シングルから新たにキーボーディストとして、ピート・スティーヴンソンが加入している。翌87年5月にサード・シングル「Something About You」が発表されたのを受けて、6月にはいよいよファースト・アルバム『Drop』がリリースされた。プロデューサーには、キュアーやスージー&ザ・バンシーズを手がけたマイク・ヘッジスの名も見える本作は、全12曲中6曲がシングル発表曲で、全体のサウンドもそれらのシングルの延長線上にあるものである。それは、フォト・コラージュを配した、幻惑的なレコード・ジャケットからもうかがえるような、ひんやりと暗く、歪んだトリップ感覚をたたえた、まさしくサイケデリックとしか言いようのないサウンドであった。実際、このころのシェイメンは、シングルのB面などで積極的にシド・バレットや13thフロア・エレヴェイターズなどの曲をカヴァーしていて、自らをネオ・サイケデリアの旗手として認めていたふしもある(Imaginary Recordsから出たシド・バレットのカヴァー・アルバム『Beyond The Wildwood』に「Long Gone」を提供してもいる)。そして、彼らの書く詞は、極めて政治的であり、このポリティカルな姿勢も、シェイメンの音楽のポイントにもなっていたのである。

 このポリティカルな姿勢は、ある事件をひき起こすことになった。このファースト・アルバムに収録されている「Happy Day」が、スコットランドのMcEwan Lagerと言うビール会社のTVコマーシャルに使われる予定であったが、その内容が余りにもあからさまなサッチャー批判だったため、バンドは前金の支払を受けていたにもかかわらず、その契約を破棄されてしまうという事件である(まあ、彼らの曲がコマーシャルで使われるという事実も、恐ろしいものがあるが)。

 サイケデリックといえばドラッグ、というふうに結びつけるのは短絡的かも知れないが、当時のシェイメン・サウンドは、ドラッグがもたらす意識の拡大と言った感覚を確かにもたらしてくれるような気がする。メンバー自身、そのような目的の為にドラッグを用いるとも語っているし…。ちなみに、彼らのレーベルMOKSHAは、メスカリンの人体実験のもようを記した「知覚の扉」で知られるオルダス・ハクスリーの、幻覚体験や神秘体験、幻覚剤などについて記した文章を編集してまとめられた「モクシャ」という本のタイトルからとられている。「モクシャ」とは「解脱」を意味するサンスクリット語で、ハクスリー最後のドラッグ・ユートピア小説「島」では、島民の幸福を支える重要な薬物に「モクシャ」という名がつけられているのだ。

 さて、ファースト・アルバムのリリース後、ベースが、デレクからウィル・シンノットに代わる。ウィルはグラスゴー出身で、アバディーンで精神病院の看護夫をしていたという。彼が巡回する病院の一つで、コリンが働いていたことから二人は知り合ったらしい。このメンバー・チェンジと前後して、バンドの方向性に変化が起こる。コリンがヒップ・ホップを聴いて衝撃を受け、「ロックンロールはもはやそこにいるべきではない」と考え、新加入のウィルも「真のエキサイトメントは、新しいテクノロジーを使うことにより、ダンス・ミュージックの領域内で起こるだろう」として、結果としてシェイメンは、打ち込みのマシン・ビートへの接近を見せ始めたのである。87年10月に出たシングル「Christpher Mayhew Says」は、そんな彼らの新しい方向性を打ち出していたし、続いて翌88年2月にリリースされた「Knature of a Girl」(ビートニク詩人のアレン・ギンズバーグに捧げられている)は、ますます覚醒感を強めた、炸裂するビートがうねりをあげる傑作だった。だが、そうした方向性に疑問を持った、キースとピートは遂にバンドを脱退、シェイメンはコリンとウィルのデュオ形態となって再出発するのである。

 88年6月には、6枚目のシングル「Jesus Loves Amerika」をリリース。これはEDIESTから発売された。本作はアメリカのTV伝導師の説教をサンプリングして使っており、またこれにあわせて郵便局の無料伝導メイル「ジーザス・イズ・アライヴ」に反発した「ジーザス・イズ・ア・ライ(キリストは嘘つき)」という名目のツアーを行なったりして、一部からは悪魔を礼賛するグループと非難されたりもしたシェイメンだったが、間にイタリア Materiali Sonori から出たコンピレーション『Strange Day Dreams』(シングルB面、ライヴ・トラックを含む全10曲)をはさんで、翌89年初めにセカンド・アルバム『In Gorvachev We Trust』を、今度はDemomからリリースする。だが、その前に一つの問題作がリリースされていたのである。88年11月に出された「Transcendental」がそれ。Desireレーベルから出たこのシングルのクレジットは、"Shamen vs Bam Bam"となっている。90年夏には同レーベルからフル・アルバムもリリースしているBam Bamはシカゴのハウス・ミックス・マスターで、彼の手になるこのシングルはもう完膚なきまでのハウスであり、ファンの間でも賛否両論を呼んだものだ。このシングルを作った時のことを、ウィルは次のように回想している。

 「アシッド・ハウスは、サウンドとフリケンシーを同じパターンの連続の中で変化させる。それを、メロディアスな構造の中で成しとげるのは、大きな矛盾をはらんでいるんだ。僕達の曲はメロディアスだから……本当、途方にくれたもんさ」

 スコットランドからロンドンに移り住んだシェイメンが、試行錯誤をくり返しながら作りあげたセカンド・アルバムは、その衝撃的なアルバム・タイトル(今さら言うまでもなく"In God We Trust"のパロディ)とジャケット(いばらの冠をつけたゴルバチョフ――ジーザス?――の顔めがけてアメリカ空軍の爆撃機が突っ込もうとしている)にもかかわらず、高い評価を得た。そして彼らは、このアルバムの売り上げと、それに伴うツアーの収入で、シンセサイザーやサンプラー、シーケンサーなどを買いそろえていったという。

 続いて89年3月、その後のシェイメンと深く関わることになるミキサー、"Evil"エド・リチャーズを迎えてシングル「You Me & Everything」、そしてミニ・アルバム『Phorward』を再びMOKSHAからリリースした。後者は旧作を含む完全なリミックス・アルバムで、彼らがいよいよ本格的にハウスに取り組み出したことを物語っていた。

 シェイメンの前進は、この年の夏に、シュガーキューブスで有名なワン・リトル・インディアンに移籍したことでさらに着実なものとなる。10月にOLIからのデビュー・シングル「Ωアミーゴ」をリリース。これはシェイメン本来のメロディアスな要素とパルシヴな要素が絶妙にブレンドされた好作品で、続く「プロゲン」(90年3月)も同路線のシングルで好評を得た。その後「プロゲン」の別ミックス(リミキサーには今をときめくポール・オークンフォルドやベン・チャップマン、そしてミュート所属のレネゲイド・サウンドウェイヴ――シェイメンは彼らの「コカイン・セックス」を聴いて衝撃を受けたと語っている――を起用)をリリース、次いで9月に「Make It Mine」とそのリミックス盤を経て、いよいよ本国イギリスでは10月にサード・アルバム、そして日本では彼らのデビュー作となる「EN-TACT』の登場となるのである。

 OLIに移籍してからのシェイメン・サウンドは、あのひきつった痙攣ビートにかわって、よりふくらみのある、ポジティヴなひびきを獲得したように感じられる。それゆえ、かつてのシェイメンの特徴だったカオティックでポリティカルな歌詞も、人々の集合意識やポジティヴな心の動きを賞賛するものへと変わってきたようだ。その上で、この『EN-TACT』は、快楽原則にのっとって造られた、パーフェクトなハウス・アルバムなのである。そう、シェイメンは今や"ロック"とは完全に訣別したのだ。

 「我々は、自分達のしていることを最もうまく表現するために、独自のコンテクストを創ろうとしている。ロックのコンテクストの中では何もできないからね」(ウィル)

 彼らは、アルバム制作中に新しい試みを行なった。"Synergy(シナジー)"と名付けられた、移動式のクラブ・イベントである。今年2月に、ロンドンのタウン&カントリーを皮切りに始まったこのショウ・パッケージ・ツアーは、1回5~6時間にもわたってライヴ、DJショウ、ライトショウなど、様々なアクトを盛り込んだものだ。

 「シェイメンはコンサートをやるのではなく、イベントを行なうのさ。我々はトラディショナルなロック・ギグのフォーマットから完全に離れようとしているんだ。我々は、ロック・ギグを、クラブでのそれにするよう努力してるんだよ。"シナジー"は、我々がプレイするところではどこでもひとつの小宇宙が形成されるという、我々の夢を実現させるためのもの。我々はやがて人々にとっての“もうひとつの(alternative)現実"を生み出すだろう。ドリーム・マシン(シンクロエナジャイザーのようなマシン)みたいなエレクトロニック・メディテーショナル・エキップメントを使ったりしてね」(コリン)

 「将来、もし我々が、ドリーム・マシンが個人に与えるのと同じ刺激を聴衆全員に与えられるライティング・テクノロジーを享受できれば、個人の「仮想現実(Virtual Reality)」を全体に連動することができるようになるだろう」(ウィル)

 シェイメンは、60年代のサイケデリア達が行なった、薬物によって自らの精神的自由を拡大していくアプローチを、メディア・テクノロジーによって実現しようとしているのだ。それは、かつてウィリアム・バロウズが指摘していたことなのである。

 「我々はサンプラーやコンピューターが、音楽のまったく新しい傾向を開拓したと考えている。あらゆる音楽創造の可能性は、今やテクノロジーにゆだねられているのであり、聴き手はそこにマッチするイマジネーションを探せばよいのだ」(コリン)

 3枚のシングルのタイトル・トラックを含む前半こそポップともいえる要素を持っている(元々シェイメンの曲作りのうまさには定評がある)このアルバムだが、あのジャー・ウォブルがベースを弾く9曲目の圧巻な「Evil Is Even」から、808ステイトのグラハム・マッセイがミックスした「Human NRG」を経た後半5曲は、アンビエントとも形容される、とてもオーガニックなサウンドをきかせている。そこには、ロックという枠組みから解き放たれたシェイメンの、自身の小宇宙への飛翔の姿が映しだされているのだ。


 コリン・アンガスとウィル・シノットは、本当に現代のシャーマンなのかもしれない。

[1990年10月 杉田 元一]