1991年9月21日土曜日

クアドロフォニア「COZMIC JAM」


「僕はニュー・ビートなんか嫌いだ。
 僕はずっとアンダーグラウンドハウスばかり聴いていたんだ」(オリバー・アベルース)

ベルギー、アントワープで会った無口な若きテクノ少年は、
自らのバック・グラウンドがひたすらマイナーであることを強調していた。
が、この少年、オリバー・アベルースこそ、
'91年度、ベルギーの、まったくの新人でありながら
クアドロフォニアというプロジェクトでヒットを飛ばしてしまう、
アンダーグラウンドどころではない、誰もが認めるブライテスト・ホープなのである。

実際にクアドロフォニアのヒットしたファースト・シングル
「クアドロフォニア」(本アルバム1曲目に収録)は見事なヒップ・ハウスであった。
売れないほうがおかしい、ポップでスピード感が溢れる、文句のつけようもない曲だ。
その曲の作者がオリバー・アベルース、という20代そこそこの若者なのだ。
最初に断言しておきたい。
間違いなくこのオリバー・アベルースは、
今後のベルジャン・ハウス・シーンにおいてもっとも注目すべき人物である。
それは、やはり本年('91年)にイギリスでスマッシュ・ヒットとなった
T99の「アナスタシア」がオリバーの別プロジェクトであることを知れば、
頷いていただけることだろう。

さて、ここでクアドロフォニアについていくらか解説しよう。
クアドロフォニアは、オリバー・アベルースと
黒人ラッパーのリヴ・マスターを中心に'90年に結成されている。
本作でも迫力あるラッピングを聴かせてくれるリヴは、
アメリカはカリフォルニア出身であり、軍人としてオランダにやってきている。
アメリカに住んでいたころ聴いたL.L.クールJがヒーローだったリヴは、
80年代の半ばにヨーロッパにやってきて、
そのままダンス・ミュージック・シーンのなかに飛び込んでいく。
当時のヨーロッパ、とくにベルギーは、
ニュー・ビートと呼ばれるダンス・ミュージックが始動しはじめたころで、
先鋭的なアーティストであるなら大抵は、
ヒップ・ホップの洗礼をうけた黒人に対して積極的な興味を示していたという。
リヴは、除隊してソウルとヒップ・ホップ、
そしてニュー・ビートが融合するプロジェクト、ファンキー・トライブを結成する。
ここで本作のプロデューサーであり、
また、オリバーとも深い交際のあるパトリック・デ・マイヤーと出会う。
バトリック・デ・マイヤーは初期のテクノトロニックに関係していた人物であり、
ニュー・ビートをメジャーにしたという意味においては、
テクノトロニックのジョー・ボガートと並んで菫要な人物である。
このファンキー・トライブは「ハイプ・イット・アップ」と
「ソウル・パトロール」という2枚のシングルをリリースして、
ドイツではクラブ・ヒットとなっている。

一方、オリバー・アベルースは、14歳からDJを始め、
45回転のレコードを33回転でかけるなど、一風変わったことをしていたようだ。
彼に言わせれば、回転数を遅くかけることによって、
ヘヴィーなベース音が得られるということである。
彼が当時、好んでかけていたのが
タキシード・ムーンであり、リキッド・リキッドであることからも、
自らをアンダーグラウンドだと主張する彼の趣向を垣間見ることができる。

この趣味もセンスもまったく違う二人が、
前述したバトリックの紹介によって出会うのである。
そう考えると、このバトリックこそが実は要注意人物なのかもしれない。
オリバーはこのことを
「自分にとってはまったく新しい作業のはじまりだった」と言っている。
テクノやアンダーグラウンド・ミュージックが好きな、
才能あるこの青年に、
もっとちがったやり方を勧めたのがパトリックだったわけである。
そして、それがものの見事にヒットしてしまったのである。

本作「COZMIC JAM」は、リヴのブラック・ソウルな個性と、オリバーのテクノ趣味が
センスよく出合っている(というか、ほとんど戦いみたいなものだけど)秀作だ。
808ステイトが好きだというオリバーの打ち込みドラミングには、
たしかにその影響がみられるし、
その影響をきちんと消化している彼の技量には、改めて驚かされる。
とくに7曲目など、すばらしいテクノ・サウンドを展開している。
また、リヴのドスのきいたラッピングも聴きごたえ充分で、
オリバーのハード・テクノに負けていない。

これはベルジャン・ハウス、90年代の幕開けである。
できるだけ大音量で聴いてほしい。
バンド名である「4次元サウンド」の由来が納得できるはずである。


この録音テクニックにこそ、クアドロフオニアの本質があるのかもしれない。
オリバー、リヴ、バトリックが企んだ、新しいダンス・ミュージック創造への試みが。


(野田努)

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