1992年5月21日木曜日

EXIT 100「リキッド」


 たまたま乗ってしまった帰宅ラッシュの地下鉄の中で、
苦しそうにしながらも懸命に雑誌を読み続ける女がいた。
身動きの取れない状況で、視界に入った誌面を眺めていると、
イラスト入りで事細かに書かれたそれは、YMOとテクノに関する記事だった。
普通の女子大生っぽい女の子が読む雑誌にも、
こんな記事が載るほどテクノの復権も本格化したかと驚いた。
電車が新宿に着き、吐き出される人の波に押されて彼女が雑誌を閉じると、
何とそれは”朝日ジャーナル”だった!!!
全共闘をひきずった左翼系保守雑誌(?)になったとはいえ、腐っても朝ジャ。
サブカルチャーには一家言ありかと思ったが、こんな記事が載ろうとは。
心の中で『何故』にハテナが3つ付いた。

 ノスタルジーな口調でテクノが語られるのは、
昨今の『オタク』や懐かしのアニメ、ヒーローなどのメディアでのもてはやされ方と
同一線上にあると考えて間違いないだろう。
いい加減にして欲しい。
テクノは、1~2年の流行りで終わってしまったものではない。
ここしばらくのテクノ・ハウスの起こした激動で、
またテクノに新たな局面が見えてきているこの時代に、YMOがトップ・トピックなのか?
クワドロフォニアの来日公演の客の入りを見るまでもなく、
現在進行形のテクノは、まだまだトーキョーには根付いていないようだ。

 前置きが長くなったが、あなたが手にされたEXIT 100は、
世界に名だたるエレクトロニクス系の老舗ミュート・レーベルが、
フォース・インクというドイツのレーベルとの提携でイギリス・リリースしたアーティストである。
MIKE Ö B.とT. 303 H.という二人組によるユニットだということ以外は全く謎だが、
その切れまくる音の冴えには、一角成らぬポテンシャルを感じる。
やはり、ドイツといえばテクノのオリジネイターであり、
すべての電子音楽は、遡ればそこに辿りつくといっても、過言ではないだろう。

 ハード・コア・テクノの隆盛においては、
活躍の機会を逸し、今やっと一部のDJなどの間で見直されているジャーマン・テクノ。
古くはプログレの頃からその萌芽を見せ、クラフトワークにより全世界的な認知、定着に成功。
コニー・プランク/DAFのハンマー・ビートがマシーナリーな単調さの中に肉体の躍動を織り込んだ。
テクノとは言いがたいが、ノイバウテンの得意な存在感と過激なライヴ・パフォーマンスは、
エレクトロニクス系のアーティストのメタル・パーカッションの導入を加速化させた。
ハウス~ニュー・ビートの出現に際しても、
ZYX、ニュー・ゾーン、ZOTH OMMOG等の数多くのレーベルが、
良質のテクノハウス・サウンドを送り出してきた。
こうして歴史的に振り返ってみても、ジャーマン・テクノ・サウンドは
エレクトロニクス/テクノ・ミュージックの進化の節目節目に、重大な役割を果たしているのがわかる。
テクノ勃興期には彼の地に負けない勢いを誇った日本では、
未だにYMOを超える人材が出ないのとは対照的である。
テクノは、日本の馬鹿メディアで書かれているような、
クラフトワーク、YMO→ハード・コア・テクノという単純で突発的な発生はしていない。
(少なくともハウス以前までは)電子楽器の発展とともに超加速度的に進化した。
確かな流れと、脈々と受け継がれる遺産があるのだ。
その根幹と、重要な骨を形成するドイツからは、ここしばらく会心の一撃が出ていないのも確かだが、
いつ想像を絶する新しい潮流が出てきてもおかしくないのだ。
実際、ここに来てのカウンター・ベルジャンテクノ的な、テクノ・ハウスのリリースラッシュは、
何かを予感させるには十分のパワーが感じられる。



 さて、EXIT 100は如何だろう? このなんとも形容しがたい音は、
聞き手の神経を逆撫でし、発狂へと導くUFOからの殺人音響か? 
それとも電子の迷宮サイバー・スペースに響く子守唄か? 
初期のブリープ・ハウスに共通性を見出だせる異常なまでの音色へのこだわりと、
ストイックなミニマリズムは、一聴して引き込まれる派手さはないが、
エイズ・ウィルスのように、身体の中からじわじわとあなたをノックダウンさせるだろう。
ハード・コア・テクノのように派手な音使いや、
フォーマットに則った曲展開からは決して生まれてこないいぶし銀のうねりが、
メンバー自身のキレ具合を象徴している。
UNSAFE AT ANY SPEED(どんな速度でも危険)と注意が冠されたこの曲は、
まさに荒れ狂う嵐の中を車でとばすような、死と隣り合わせの会館がある。
これから次々リリースされるだろうこのシリーズの前奏曲としては、
恐ろしいほどのパワーを持ったEXIT 100『リキッド』は、
ジャーマン・テクノの新しい夜明けのテーマ曲にも、なるかもしれない。

(KEN=GO→)

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