1992年5月28日木曜日

T-99 「ANASTHASIA」 2/2


T-99 THE ALBUM

 それがいつのことだったかは、もうはっきりとは思い出せないが、
真夜中のどこかのクラブだった。
その曲――T-99の「アナスタシア」を初めて耳にした時、心臓が収縮するような、
身体の中を落雷が貫いたような衝撃があった。
しかし、その曲が後にダンスフロアーのみならす、
一般レベルでも驚異的なポピュラリティを得、'91年を代表する曲に成ろうとは、
増してや、その曲が引き金になって生まれた
ハードコア・テクノ(デス・テクノ)と呼ばれるムーブメントが、数々の波乱を巻き起こしながらも、
こんなに大きくなろうとは予想だにしなかった。
その時から1年余り、彼らの公式日本デビュー盤が、やっと届いた。
ヒットシングルを3枚とも含んだ60分にも及ぶフルアルバムである。涙して聴くように!
しかし、ハードコア・テクノって何なのだ?
アルバムをリリースするだけの曲が無いこの手のアーティストの中にあって、
敢えて、今、アルバムを出すT-99は、このムーブメントを集約しようとしているのか…?
今一度、彼らとハードコアについて検証してみたい。

ハードコア・テクノ。

 それは、どこから、やってきたのか?
 ある者はビートUKから、ある者は渋谷WAVEから、
ある者はロンドンのクラブランドから、さらにある者は、ジュリアナ東京からと言う。
明確な規定はできない。デトロイトとロンドンが交感した。
そして、ベルギーが揺れた。
溜まったマグマが噴出するように同時多発的に優れた作品が生を授かった。

 それは、なにをいみするのか?
 虚無、デジタル変換された景色、電脳空間…?
エクスタシー、レイヴ・パーティ-、肉欲の欲する快感…?
そこには、言語的な意味性がほとんど存在しない。
あるのは、カットアップされた台詞や歌詞の断片のみ。
むしろ、執拗に繰り返される機械律動や、騒音と紙一重の合成音の織り成すスピード感に、
キャピタリズムの究極を見る気がする。

T-99=ハードコア・テクノ…?

 ソレハ、ドコカラ、ヤッテキタノカ?
 T-99は、元々パトリック・ド・メイヤーと
フィル・ワイルドによって結成されたベルギーのバンドだ。
初レコードリリースは1989年で、当時ベルギーで猛威を奮い始めていた
ニュービートスタイルの曲をWHO'S THAT BEAT?レーベルから出している
(この、WHO'S THAT BEAT?は、今もベルギー国内ではT-99をリリースしている
老舗のテクノ系レーベルで、地味ながら要チェックのアーティストを多数擁している)。
その後彼らは、まるでKLFのように次々とユニット名を変えながら、
おびただしい数のシングルを出し、その度毎に音を洗練させ、曲のスピードを上げていった。
それはまるで、マイナーで、
どこかイモ臭さの抜けないニュービートと決別するための儀式のようだった。
そうこうする内、フィル・ワイルドが脱退
(因に彼は、この後「GET READY FOR THIS」のヒットで知られる2 UNLIMITEDを結成する)、
パトリックはまだ10代の美少年、オリバー・アベルースをパートナーに迎えることになる。
初期のアナログシンセを含め50台以上のシンセを持っているおたくキーボード・プレーヤーと、
ヒップホップを始めとする黒人音楽に多大な影響を受けた、
プログラミングもできるDJが火花を散らし、合体した。
 ベルギーという国は、至る所で日常的にエレクトロニクス系の音楽が流れているらしい。
ジャーマン・テクノ(主にDAF)の影響の下、
数年の発酵の後にFRONT 242のようなボディ・ミュージックが生まれるといった、
緩やかな進化の流れが見られる、豊かな土壌なのだ。
アシッド・ハウスの歪んだ解釈から発生したニュービートが、
熟成され、変態し、全く新しいものに生まれ変われたのも、
そんな土壌を舞台にしたからこそかも知れない。
いずれにせよ、幸か不幸かその変態を体現したのがT-99だった。
そして、このような音楽は、八-ドコア・テクノと呼ばれだす。

 ソレハ、ナニヲ、イミスルノカ?
 T-99という名前は、ただの記号だと思う。
しかし、彼らが『アナスタシア』によって引き起こした波の影響は、
チェルノブイリの原発事故のそれのように未知数だ。
イギリスでも日本でも、誰も予想しなかった人気を得たこの曲は、
これ迄こうした音に興味を持っていなかった人々の頭にもノイズを刷り込み、
音の認知感覚や機械律動に対するアティテュードにズレを生じさせたかも知れない。
時間が経つと、テクノ病やエレクトロニクス熱があちこちで発病する。
大袈裟に言ってしまえば、
YMOがテクノポリスで為し遂げた電子音のファシズムを、現代に再現したのだ。
発病者が一定数を超えたとき、記号は伝説へと変化するだろう。

 ソレハ、ドコヘ、イクノカ?
 ここまで読み進む間にこのアルバムを聴き終えることができただろうか? 
素晴らしい出来の作品じゃないか。
はっきり言って、「アナスタシア」以降の2枚のシングル
(「ノクターン」、「力一ティアック」)には肩すかしを食らっていたから、
アルバム全部同じ展開の曲ばかりという心配もしていたのだが、彼らは一筋縄では行かない。
クアドロフォニアのリブ・マスターの話によれば、
最近のT-99は、ほとんどオリバー1人で作られているらしいので、
彼の天才的手腕が思う存分楽しめるってわけだ。
 小曲ながらモジュレーターのかかった
ヘヴィ・アナログシンセ音の機能的配列がカッコイイ「キャット・ウォーク」。
耳の中を飛び回る虫の羽音のような神経に障る音と、
気持ち良く歌い込む女性ヴォーカルが印象的なヒップホップの「マキシマイザー」。
昔の坂本龍-や808 STATEを思わせる、叙情的インストの「アフター・ビョンド」。
T-99流アンビエント(?)の「ザ・スカイドリーマー」。
ベルトラムに対する挑戦状、
果てしなく沈んでいくようにうねりまくるハマリ物の「ジ・エクエイション」等々…。
曲の幅はとても広いし、シンセの音色もカッコイイ。
ここまでアルバムとしてまとまったものを、
ハウス系のアーティストに求めるのは無理だと思っていたので、正直驚きだ。
そして、こうして他の曲と並べてみて、更に際立つ「アナスタシア」の革新性!
 「アナスタシア」は、ベルジャン・スタイルの
ハードコア・テクノの本格的誕生であったが、同時にそれは死でもあった。
中身の伴わないまま、スタイルのみ右へ倣えをしてしまった多くの奴等が、
自分達で築いてきたものを内側から食い潰した。
以前のインタビューで、オリジナリティーを重視すると語っていたオリバーが、
金太郎飴のようなアルバムを作らなかったのは当然のことかも知れない。
WHAT IS HARDCORE TECHNO?の答えが明確に提示されるアルバムには成らなかったが、
この尊い、前向きの姿勢には、既に次を見据えた彼らの視点が現われている。
それが究極の音だけにワン・アンド・オンリーなのだとしたら
ANASTHASIA IS HARDCORE TECHNO!なのだ。
T-99は、もう、次に向かって走り始めた。

(KEN=GO→)

0 件のコメント:

コメントを投稿