2009年7月18日土曜日

Thoroughbreds -Best of R&S


 父親から音楽業界入りを反対され、乗馬のインストラクターや美容師など職を転々としていたレナート・ヴァンデパペリエルがレコード店に勤務しながらレーベルに関わったのは、1983年に1枚のシングルを発表した《ミロス・ミュージック・ベルジウム〉が最初だった。「マーヴィン・ゲイやジャイムズ・ブラウンのようなソウルやファンクが好きだったんだよ」レナートは当時をそう回想している。「ベルギーからファンキーでソウルフルな音楽が出てくることを望んでいたんだ」

  彼の悪名高き“フェラーリ好き”は、レーベル名をフェラーリ・レコーズと改名させたりもしたが、しかしレナートに幸運がやってくるのは、フェラーリの飛び馬をロゴ・マークにして、自分と妻(サビーン・マース)の名前のイニシャル(R&S)をレーベル名としてからだった。80年代後半のニュー・ビート(当時のヨーロッパで起きた新しいダンス・サウンド)、シカゴからのアシッド・ハウスといったアンダーグラウンドな動きを積極的に受け入れたR&Sレコーズは、抜け目なく、時代の変化を逃さなかった。

  始動してからしばらくは主としてニュー・ビート系の作品を出していたR&Sレコーズだが、1989年にデリック・メイの「R-them(アルセム)」をライセンス・リリースするとレーベルはじょじょにハウス系に的を絞っていった。1990年にはシカゴのフィンガーズ・インク「I'm Strong」やデトロイトのサバーバン・ナイト「The Art Of Stalking」を、あるいはベルリンのサン・エレクトリック「O'locco」やイギリスのネキサス21(後のオルターン8)「Logical Progression」といった次世代のヨーロッパにおけるテクノ作品をライセンス・リリースした。

  もっとも、ベルギーの小さな田舎町ヘントがテクノ革命の中心になるのは、(当時はメタル・ハウスなどとも形容された)ジョイ・ベルトラムの「Beltram Vol.1」を発表してからだった。あるいはセカンド・フェイズ「Mentasm」、スペクトラム「Brazil」、メンタル・オーヴァードライヴ「12000AD」、ヒューマン・リソース「Dominator」、そしてベルトラム「Vol.2」や「The Omen」……レーベルはダンス・シーンに“ハード・テクノ”という新機軸を取り入れることで大いなる賛否両論を呼んだが、そのことで新しいリスナーを獲得したのも事実だった。また、R&Sレコーズは幻想的でなかば怪奇趣味めいた絵画をスリーヴ・アートにしたが、これは当時のダンス系の12インチとしては異例のことだった(それは当時、レコード店に行ったときに強力に作用した)。それから……1992年になるとR&Sレコーズは当時はまだ無名の、しかしその後10年のエレクトロニック・ミュージックを定義してしまう天才の作品を発表する。そう、若干20才のエイフェックス・ツインによる「Digeridoo」だ。デトロイト・テクノとハードコア"の溝を埋める永遠のクラシックである。

  R&Sレコーズはこの頃ヒット作を多く出している。先述したハード・テクノを含め、C.J.ボーランド「The Ravesignal」、ジャム&スプーン「Stella」、ジェイディー「Plastic Dreams」。そしてなんと言っても『Selected Ambient Works 85-92』だ。僕はいまでも1992年の暮れ、渋谷のWAVE店内の壁にあの白いジャケットが並んだときのことを憶えている。時代は変わり、この頃、R&Sレコーズはテクノ・シーンの先導者となった。シェフィールドのワープ、あるいはロンドンのライジング・ハイ、あるいはベルリンのトレゾアーーこれらレーベルとともにR&Sレコーズはアシッド・ハウス以降のテクノ史学における重要項目のひとつとして記憶されることになるのだった。

  このコンピレーションは、レーベルの膨大なリリースのなかから歴史的な重要性と評価の高さを基準に、アルバム全体の構成を考慮しながら最終的には僕の主観で選曲したものである。ベルトラムの「Energy Flash」のようなあまりにも有名な曲や、当時ヒットしたものの現在のダンスのトレンドとは著しく離れているものは避けたし、また、収録したくても現在レーベルに権利がないものは、当たり前だが、諦めざるえなかった。初期のエイフェックス・ツインの作品やデトロイト・テクノへの偏愛は間違いなくこのレーベルの個性であるけれど、「Beltram Vol.1」や「Vol.2」の怪奇趣味のスリーヴ・アートや、あるいはジェイディーの「Plastic Dreams」やジャム&スプーンの「Stella」ないしはゴールデン・ガールズの「Kinetic」のようなユーロ・トランス・テクノ・サウンドにこそ僕は深い懐かしさを覚えるのである。

  以下、簡単に解説する。

01. APHEX TWIN - Analogue Bubblebath
リチャード・D・ジェイムスの最初のリリースで、オリジナルは1991年にマイティ・フォースから出ている。それはトム・ミドルトン (後のグローバル・コミュニケーション)が参加した唯一のシングルでもある。R&Sレコーズはのちにこの曲をライセンスして、 『In Order To Dance 4』に収録している。デトロイト・テクノの影響を受けた初期の傑作のひとつだ。

02. DJ HELL - My Definition Of My House Music
のちにインターナショナル・ディージェイ・ジゴロを立ち上げ、ニューウェイヴ・リヴァイヴァル、エレクトロクラッシュを先導することになるDJヘルの1992年に発表した最初のシングル。シカゴのロン・トレントあたりのメロウな感覚がうかがえる。

03. DAVE ANGEL - Brother From Jazz
デイヴ・エンジェルはC.Jボーランドやソースらと並んで、初期R&Sレコーズにおける看板アーティストだった。デビュー作は1991年の「1st Voyage」で、1992年にはヒット作「Stairway To Heaven」を発表している。収録曲は1993年にサブレーベ ル、アポロから発表した「The Family EP」から。彼のジャジーでデトロイティッシュなフィーリングがよく出ている。 

04. THOMAS FEHLMANN - Flow, Form and Spiral.
ベルリン在住のトーマス・フェルマンは、いまではアレックス・パターソンによるジ・オーブのメンバーとしても知られているが、 彼のキャリアは古く、80年代初頭のドイツのニューウェイヴ・バンド、パレ・シャンブルグにまで遡る。90年代初頭は、のちにベーシック・チャンネルで一世を風靡するモーリッツ・フォン・オズワルドとの3MBプロジェクトによってデトロイト・テクノとの 共作を数枚発表するが、フェルマンが自分の本名で作品を出すのは、1994年にR&Sレコーズからリリースされた「Flow EP」が最初だ。収録曲は同シングルから。

05. SPEED JACK - Storm
LFOのマーク・ベルの変名プロジェクト。この名義でベルは、R&Sレコーズからはじつに3枚のシングルと1枚のアルバムを 出している。収録曲は1994年にリリースされた同名のシングルからで、これは日本でも石野卓球らがプレイして、フロアヒットしたことをよく憶えている。00年代に再発されている。

06. JAYDEE - Plastic Dreams
オランダのベテラン・プロデューサー、ロビン・アルバーズのプロジェクト、ジェイディー(もちろん夭折した同名のデトロイトの ヒップホップ・プロデューサーとは人違い)による1992年の大ヒット作。翌年にはリミックス盤もリリースされた。僕にとっても、あるいは当時のダンスフロアを知る者にとっても忘れがたい1曲である。これもまた00年代に再発されている。

07. SUN ELECTRIC - Beauty O'locco
ベルリンのトム・スィールとマックス・ローダーバウダーのふたりによるアンビエント・プロジェクトで、この曲は最初アレック ス・パターソンとユースが主宰したワウ・ミスター・モドから発表され、当時のアンビエント・ハウス・ブームに乗ってカルト・ ヒットしている。同曲が1990年にR&Sレコーズからリリースされてからは、サン・エレクトリックはこのレーベルを拠点に活動する。1993年には『Kitchen』、1995年には『30.7.94 Live』といった素晴らしいアルバムを残している。

08. GOLDEN GIRLS - Kinetic (David Morley Remix)
この曲に関してはオリジナルを選ぶかこのアンビエント・ヴァージョンにするか、ずいぶん迷ったが、結局こっちにした。1992 年の大ヒット曲のひとつで、作者はマイケル・ヘイゼルとポール・ハートノル(オービタル)。オービタルによるリミックス、フランク・ド・ウルフによるリミックスも有名だけれど、僕はこの長ったらしいデヴィッド・モーリーによるトランシーなアンビエント・ ヴァージョンが気に入っている。ベルギー在住のイギリス人のモーリーは、レナートの旧友でもあり、ニュービート時代の R&Sレコーズからレナートとともに活動してきたプロデューサーである(スペクトラムはレナートとモーリーのプロジェクトだった)。

09. MODEL 500 - Be Brave
レナートのデトロイト・テクノへの偏愛は有名だ。彼はホアン・アトキンス=モデル500の素晴らしい作品をいくつか発表している他、カール・クレイグの69名義の決定的なフューチャー・テクノ・ファンクも数枚リリースしている。モデル500に関してはR&Sレコーズからベスト盤『Classics』(1993)、シングル「Sonic Sunset」(1994)、アルバム『Deep Space』(1995)といっ た傑作を出しているが、収録曲はアルバム『Mind And Body』(1999)に先駆けて1998年にリリースされたシングル曲。素晴らしい曲であるのにかかわらずリリース当時はテクノ・ファンからあまり相手にされず、しかしフランソワ・ケヴォーキアンがリミックスしたことでハウス・ファンからは初めて支持された曲だった。もちろんモデル500はR&Sレコーズに多数の名曲を残しているし、そもそも収録曲においてこの曲をのぞく他のすべてが90年代半ば以前の年代をそろえるべきだったのか もしれないが、ひとつぐらい歌モノを入れたかったこと、あるいは00年代のフィーリングを先駆けていたということもあって、 あえてこの曲を選んだ。

10. LOCUST - Neil's Armsong
ロンドン生まれのローカストことマーク・ヴァン・ホーエンは、R&Sレコーズがエイフェックス・ツインに次ぐ才能として期待し たプロデューサーだった。収録曲は1994年にアポロからリリースされたデビュー・アルバム『In Remembrance Of Times Past』から。その後も3枚のアルバムを出している。
(野田努)

0 件のコメント:

コメントを投稿