2001年6月19日火曜日

ザ・プロディジー 「エクスペリエンス:エクスパンデッド」

 


 僕がThe Prodigyのライヴを初めて見た場所は芝浦のジュリアナ東京だった。たぶん'93年だったと思う。ジュリアナ東京はその頃一世を風靡していたゴージャスなディスコで、ボディーコンシャス&ミニスカートのお姉さんがお立台に昇って扇子を振りまくるという、かなりきわどい路線を看板にしていた。'80年代から続いていたバブル文化の象徴的存在だったと言ってもよい。そこではなぜかハードコア・テクノが人気だったので、The Prodigyはその流れでブッキングされていたのだ。とはいえ、ジュリアナ東京で人気だったハードコア・テクノは、ユーロビートの延長ともとれるような4つ打ちキックが”ドンドンドンドン”って鳴ってるような曲だったので、僕は最初この話を聞いた時、頭の中に“?”が100個位出たのを覚えている。実際のライブはその“?”にたがわぬ結果で、最初は盛り上がっていたお姉様達が彼らの複雑なリズムに全くノれず、次から次へと脱落していく様は不謹慎ながら爽快な眺めであった。最前列にはたぶん20人位の場違いな正当派レイヴァー達もいた。The Prodigyの日本デビューはこのように大きな誤解とわずかな正解(?)が入り乱れたものだったのだ。

 The Prodigyは'90年、UKで結成されている。メンバーは、ヒップホップに傾倒し、DJとしても知られていたサウンド・クリエイターのリアム・ハウレット、ヒッピー・カルチャーに大きく影響されたダンサー/MCのキース・フリント、ジェームス・ブラウンを師と仰ぐダンサーのリーロイ・ソーンヒル(2001年に脱退)、レゲエのサウンド・システムで活動していたマキシム・リアリティーの4人だ。バンド名は有名なモーグ・シンセサイザーの1機種からリアムがつけたらしい。

 結成直前の'80年代後半、UKのクラブシーンでは激変が起きていた。シカゴで生まれたハウス・ミュージックが上陸、それまでUKのクラブを支配していたスノッブでファッショナブルなヴァイブを更新してしまったのだ。ミニマルかつメカニカルなハウス・ビートに身をゆだね、汗だくになって踊ることは、クラビングのメインストリームとなった。その波が徐々に大きくなり爆発した結果、生まれたのがレイヴだ。野外の会場に数千人もの人を集め一晩中踊り明かすレイヴは、その“Love&Peace"な雰囲気とアナーキーさから'60年代のヒッピー文化や'70年代のパンクと対比されるほどの大きなムーヴメントとなり、'90年代前半のUKを席巻した。そのヴァイブは世界中に飛び火し、ヨーロッパはもとよりここ日本やアメリカにも波及、'90年代を世界的"ダンスミュージックの時代”へと導いた。

 ここに御紹介する『Experience:Expanded』は、The Prodigyのデビュー・アルバム『Experience』にリミックスやシングルのB面を加えた増強盤だ。UKのアルバム・チャートで10位を記録、25週間に渡ってチャートに居座り続け、ゴールド・ディスクを獲得した'92年リリースのこの作品には、The Prodigyがレイヴ・シーンを代表するハードコア・バンドへと成長していく軌跡が完璧に収録されている。

 中でも注目は「Charly」だろう。'91年リリースのこの曲は、彼らのセカンド・シングルで、ポップチャートの3位を記録する大ヒットとなっている。The Prodigyに最初のブレイクをつくった最重要作品だ。サンプリングされているのは、'70年代につくられた子供向け教育映像の台詞「チャーリーが"どっか行く時は必ずママに言ってからね”って言ってた」とその登場人物のネコ“チャーリー”の泣き声。なんでもこの教育映像はUKの若者の間ではかなり有名なものらしく、そのキャッチーさと、これがレイヴでかかるというミスマッチ感覚もヒットのきっかけとなったようだ。ちなみに『Experience』の方には"Trip Into Drum And Bass"ヴァージョンが収録されているが、ドラムンベースが大ブレイクする3年も前に彼らはこのリズムとジャンル名を早々と使っていたことになる。一方、『Expanded』に収録されている"Alley Cat Remix"はシングル・ヴァージョンで、やっぱりこっちが好きという人も多い。

 続いてリリースされた「Everybody In The Place」はデビュー・シングル「What Evil Lurks」のB面に収録されていた曲のニュー・ヴァージョンで、こちらもポップチャートの2位という異例の大ヒットとなった。爽快なシンセリフとその場に居合わせた人すべてを盛り上げてしまう単純明快なMCは『Expanded』11曲目のシングル・ヴァージョンで堪能できる。

 フォース・シングルは「Fire」と「Jericho」のカップリング。「Fire」は'60年代末~'70年代前半に活躍したサイケ・ロック・アーティスト、アーサー・ブラウンの「俺は地獄の火の神、お前に火を与えよう」というサンプルが印象的だ。なんでも、この人は頭のヘルメットから火を吹くというキース顔負けのパフォーマンスが売りだったらしい。

 そして、ファンの間で傑作と言われているのがマックス・ロメオ/リー・ペリーの手による「Chase The Devil」を大胆にサンプリングした「Out Of Space」だ。The Prodigyとレゲエの組み合わせを意外に思う人もいるかもしれないが、UKのレイヴ・シーンにおいてレゲエの影響力は極めて大きい。ジャマイカ系移民のサウンド・システムが、レイヴのルーツにあることを忘れてはいけない。

 このアルバムからは最後に「Wind It up」がシングル・カットされた。オリジナル・アルバム12曲から5曲のシングル・カット、しかもそのどれもが成功をおさめたという事実は、一発屋ばかりだった当時のクラブ・シーンに衝撃を与えた。そう、The Prodigyは間違いなくこの時代を征したNo.1ハードコア・バンドだったのだ。

 さて、ここまでThe Prodigyをレイヴ・ミュージック=ハードコア・バンドとして紹介してきたが、サード・アルバム『The Fat Of The Land』で彼らを知った人には、かなりの違和感かもしれない。「The Prodigyはデジタル・ロックじゃないの?」っていう疑問も出るだろう。しかし、The Prodigyがロックへと接近するのはセカンド・アルバム以降なのだ。このデビュー・アルバムには、むしろヒップホップやファンク、レゲエといった彼らのルーツであるブラック・ミュージック側の視点から、あるいはパンクに匹敵する革命的ムーヴメントとして、レイヴを捉えた時代感覚が詰め込まれている。

 '90年代初頭はそれまでのダンス・ミュージックがハウスやレイヴの名のもとに融合、そこで様々な実験が行われた時代だった。アンダーワールドやケミカル・ブラザーズもここから生まれているし、プライマル・スクリームもこの時代を通過して成長した。そんな中でThe Prodigyがそこから歩んだ道は極めて特異なものだ。セカンド・アルバム、サード・アルバム、そしてフォース・アルバム『Always Outnumbered,Never Outgunned』と聴いてみれば、その意味はより明確になってくるだろう。かつて、ここまで進化したダンス・バンドがあっただろうか?

(トモ ヒラタ/LOUD)


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