1991年12月1日日曜日

オービタル 「オービタル」


  東京のクラブ・シーンに異変が起きていることを知っていますか?

 時代がディスコからクラブへと移行するなか、DJのかけるサウンドも、かつて一世を風靡したユーロビートからテクノ・ハウスへと、大きく移行していった。

 このような――テクノ革命――とでもいうべき裏の社会現象が、東京に起きたのである。そしてやがては日本中に波及するこのテクノ・ムーヴメントを象徴するアルバムが、ついにアナタのもとに届けられたのだ。

 オービタル。待望のデビュー盤がそれだ!

 もしアナタが、この解説から目を通しているのなら、是非8曲目から聴き始めて欲しい。

 この曲『チャイム』は、1990年の春にリリースされたオービタルのデビュー・シングルで、何を隠そうこのボクも、これ一発で彼らにすっかり魅了されてしまったクチなのだ。

 タイトル通り、鐘の音をイメージしたデジタル・シンセによる美しいサウンド、そして印象的にリフレインされる「♫パパンパーン、パンパンパ・パパンパーン~」というメロディアスなフレーズ。決して音数も音色も多くないこの曲が、当時ロンドンを席巻していたレイヴ・パーティーのテーマソングとして、クウォーツ『メルトダウン』とともに愛された。

 ここで、レイヴ・パーティーについて少し解説しておこう。

 1987~88年にかけて猛威を振るった新種のドラッグ「エクスタシー」の流行は、単に一つの社会問題に帰結することなく、独自の文化、すなわちアシッド・カルチャーを生み出した。このような反社会的な現象のなか、レイヴ・パーティーは誕生したのである。

 初期レイヴ・パーティーは、アシッド・カルチャーの申し子アシッド・ハウスを中心にピークを迎えた。しかしドラッグとの密接な関係ゆえ、常に警察の厳しい監視下に置かれ、レイヴ・パーティーは次第に地下へと潜っていく。例えば倉庫を使ったウェアハウス・パーティーも、その一例であろう。

 こうしてその立場上、より内向的な性格を強めていくレイヴ・パーティーは、激しいだけのアシッド・ハウスから、脳にもカラダにもやさしい、メロディアスなハウスを好むようになる。

 そうしたなかに登場したのが、先に挙げたクウォーツと、このオービタルなのである。

 オービタル『チャイム』とクウォーツ『メルトダウン』は、この手の曲としては異例の大ヒットとなり、レイヴ・シーンの新たな可能性を見出だすことにもなった傑作なのだ。

 また12インチ・シングルでは、ナント12分にも及ぶロング・ヴァージョンで『チャイム』は収録されている。機械的なようでどことなく人間味あふれる音楽空間は、音数をだんだんと増やしていくその構成によるものだ。

 よく聴いてもらえばわかるのだが、1回目のリフに比べ2回目のリフでは「♫パパンパーン~」というフレーズが、ダブルになっていることに気付くはずだ。実に、細かい。

 オービタルは、フィル&ポールのハートノル兄弟による、業界でも珍しいブラザー・プロジェクト。自宅の4トラック・マルチで『チャイム』を録音したのがきっかけで、今日の成功を勝ち得たラッキー・ガイズである。

 1980年代初期のインダストリアル・アヴァンギャルド・ミュージック――キャヴァレー・ヴォルテール、フーラ、スロッビング・グリッスルetc.――と同時にシカゴ・ハウスも好きだという彼らのサウンドは、とてもフェミニンなテクノ・ハウスだ。つまり女性的な感性と洗練された知性を兼ね備えたプロジェクトこそが、オービタルなのだ。

 さて、彼らがリリースしたシングルについても、触れておきたい。

デビュー・シングルは『チャイム』。これについては、もういいだろう。

 続いてリリースした2ndシングルが『オーメン』で、天体や宇宙船の軌道を意味するオービタルの名の通り、彼らの宇宙指向を強く打出した作品となっている。またバットホール・サーファーズをサンプルしたアイディアも見事で、その余りの完成度の高さにシェイメンと比較されることもしばしばであった。惜しくもこのアルバムには、未収録。

 1991年1月には、3rdシングル『サタン』がリリース。ロンドン訛りのうなり声でラップ(?)するテクノ・ヒップ・ハウスで、トップ20にチャートインする大ヒットとなった。B面には、『L.C.1』『ベルファスト』の2曲が収録。『L.C.1』は、ある深夜家路を急いでドライブしていたときに起きた未確認飛行物体との遭遇を、サウンドトラック型式でハウス化した画期的ダンス・チューン。しかし『サタン』『L.C.1』ともに、このアルバムには未収録。『ベルファスト』は、北アイルランドの首都であり、美しい海港をモチーフにしたムーディーな曲。DJがラストに好んでかけた、という珠玉の名曲。

 そして只今チャート急上昇中の4作目『ミッドナイト』へと続いていく。

 これからもわかるように、オービタルは完全なるコンセプト指向のアルバム・アーティストである。シングル一枚の価値では、とうてい計れない。それでは、アルバムの魅力を探ってみるとしよう。

 1曲目から、オービタルの宇宙遊泳がいきなり始まるスペース・テクノ。パンプしながらシーケンスするビートに、彼ら特有のシンセ音を少しずつ乗せて披露する。まさにオープニングに相応しい曲だ!。

 2曲目は、『スピードフリーク』のタイトル通り、ジェットコースターさながらの興奮が味わえるスピーディーなテクノチューン。「スパイ大作戦」を連想させるフレーズが印象的で、ブレーク的に使われるエモーションズ『ベスト・オブ・マイ・ラヴ』のサンプルが、より一層のスリルをかきたてる。

 3曲目は、ムーディーなメロディーが、マイナー進行するベースパターンと気持ちよく融合したスペース・テクノ。

 4曲目は、12分という大作『デザート・ストーム』。第3次世界大戦かと世界を震撼させた、イラクのクウェート侵攻に端を発する中東危機をテーマにした、タイトル通りのコンセプト曲。歩くこともままならない砂漠での、兵士たちの歩みをリズムにしたような、重くずっしりとしたビートや、ヘリコプターの飛来する音をシンセ化(本物をサンプルしないでリアルに再現しようとするところがより怖い)したりと、戦争の悲惨さを訴えかけている。

 5、6曲目は、8曲目『チャイム』の前奏曲。シンプルな構成で、リラックスさせる。

 7曲目は、オービタル風ジャズハウス。もちろんテクノ・テイストなので既成のそれとは、かなり違う。聞きようによっては、フルートに聞こえなくもないシンセが、麗しい。

 8、9曲目はライヴ・ミックス。これぞオービタルという12分49秒を、たっぷり堪能できる。特に『チャイム』から『ミッドナイト』に移行する部分は、涙がでるほど素晴らしい。永遠にループするかのような『チャイム』のラストを遮るように、『ミッドナイト』がINN。このアルバムの、クライマックス・シーンだ!。

 ラスト10曲目は、映画の一カットを見てるような、そんな錯覚に陥りそうな『ベルファスト』。静かに荒れる海岸線を、遊覧しているのかもしれない。ボーイ・ソプラノのようなヴォーカル・スキャットがまた心地好く、最後だんだんと遅くなっていく過程もまた、たまらなく美しい。まるで朝のラジオ体操で味わう、深呼吸のようだ。

 今年6月ロンドンで、『ミッドナイト」をレコーディング中だったオービタルを訪ねたとき、なぜか昔懐かしい友達に再会したような気がした。それが何故なのかは、こうやって

ライナーノーツを書いてる今も、やっぱり分からない。エンジニアやアシスタントを含めたメンバー全員に対して、気遣いをする兄フィル、サウンド面でアーティスティックにリードする弟ポール。この2人の持つ温かさが、そう感じさせてくれたのかも。

だからボクは、オービタルが好きなんだ!。

NOBBY STYLE (宇野正展)

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