1991年12月21日土曜日

VARIOUS 「ハウス・サウンド・オブ・ジ・アンダーグラウンドVol.6」


  ポップスシーンの中にあって、とりわけ展開がめまぐるしく、またそのスピーディな動向がファンにはたまらないハウス・ミュージック。その移ろいやすいシーンの中でも、ハウス誕生の瞬間から現在に至るまで、常に次の動向の指標となる、云わば牽引車的リリースを続けているレーベルこそが、FFRRである。そのFFRRに集まった未知の新人を大挙フィーチャーし、ハウス界の動向を分かりやすく楽しませてくれる“これ一枚でオッケー”なコムピレイション・シリーズが、『HOUSE SOUND OF…』なのだ

 86年、ハウスの第一号ヒット「ミュージック・イズ・ザ・キー」を含む『HOUSE SOUND OF CHICAGO VOL.1』は本国イギリスは勿論、日本を含む全世界の、ダンスファン以外の人々にもハウス・ミュージックを注目させるきっかけとなった、記念碑的アルバムである。このアルバムのヒットによって、メジャー・レーベル初のトップハウスレーベルと云う確信を得たFFRRは、『同VOL.2(CHICAGO TRAX)』、『ハウス・サウンド・オブ・シカゴ・VOL.3(ACID TRACKS)』と云う怒濤のリリースを敢行。とりわけVOL.3における、当時の本拠地シカゴの、未知な部分の多かったアシッド・ハウス紹介は、またしても偉業。僕も、これでアタマばっくり開いた一人です。

 そして88年には、育ちつつあった自国のアーティストに目を向けた『ザ・ハウス・サウンド・オブ・ロンドン・VOL.4』をリリース。このアルバムからはD-MOB、サイモン・ハリス等が、頭角を現わしてくる。そして、イビザ帰りのDJ、ダニー・ラムプリングがクラブ“SHOOM!”で新たなスタイルのDJを開始。FFRRでは、ラムプリング達のかけていた、所講ユーロ・ハウスを積極的に紹介する。『HOUSE SOUND OF EUROPE VOL.5』89年秋のことだ。

 この辺りからのハウスミュージックの目まぐるしい成長ぶりについては改めて振り返るまでもないだろう。ヨーロッパからはブラック・ボックス等のポップ・ハウスや、T99に代表されるハードコアテクノが抬頭し、イギリスでもハウス、と云うよりハウスビートを用いた、キャシー・デニスやベティブ一等のダンス・ポップが、チャートの常連となった。そして本シリーズのVOL.1に収められていたシカゴ・グレイツの大部分はN・Yへ進出。メジャー・レーベルの仕事をソツなくこなしている。

 改めて現在のハウスシーンを眺めてみれば、一見隆盛をきわめているかのようにみえるが、果して本当にそうだろうか。ロンドンの海賊放送局KISS-FMは、そのユニーク且つこだわりに満ちたプログラムで、ダンスファンにとって愛すべき存在だったが、めでたく正式認可を取得した後のKISSと云えば、他でも聞けるヒットチューンをヘヴィ・ローテーションする、つまらない局になってしまったと聞く。アーティストだって、レコード会社だって、放送局だって、より多くの支持を得たい。これは、ポピュラー音楽なら当り前の事。でも、おかげでどうだろう。今、チャートをにぎわすクラブ・ミュージックの中に、かの「ジャック・ユア・ボディ」と同じ位、存在感を放つ作品がどれだけあるのだろう。“より多くの支持を得ようとした時、そのパワーは水増しされていく”。今回、FFRRから久々に出された「ハウス・サウンド・オブ・ジ・アンダーグラウンドVOL.6』は、僕達にそんな命題を投げかける、本当のミュージック・ラヴァーにこそ聞いてほしい力作である。

 それでは、多少の資料とシングル盤のクレジット等から判明した、各アーティストのバイオグラフィ並びに、各曲の印象をまとめてみよう。

●フリーフォール[フィーチャリングサイコトロピック]/新幹線みたいに強引なビート(何と131.7BPM!)にピアノ・リフと女性のサムプル・ヴォイスが、レイヴ!なフリーフォール。間にはさまれるブヨブヨしたアナログ・シンセ音からして、プロデューサにして、自らをフィーチャーしたりソルト・ン・ペパーと共演シングルを出したり、出たがりサイコトロピック氏はLFOと同じタイプのシカゴ・アシッドフォロワーとみた。

●クラブハウス
●カペラ/ミラノをベースに活躍するイタロ・ダンスの古株、ジャンフランコ・ボルトロッティの作品が続く。クラブハウスの結成は83年にさかのぼり、現地ではすでにかなりのヒットを持つが、デヴィッド・モラレスのリミックスによる今回の「ディープ・イン・マイ・ハート」は、彼らにとって初の本格的ハウス・スタイルであると同時に、全米ダンスチャートNo.1と云う記念すべき作品。そしてKLFをユーロ・ボディタッチにパワーアップし、ヒットを狙うカペラは、以前にもM・A・A・R・Sの『パムプ・アップ・ザ・ヴォリューム』のあからさまなパロディで、人気を博したこともあるので、御存知の方もいると思う。FFRRでは、このボルトロッティ2作品をカップリングしたりミックスシングルをリリースする予定もあると云う。

●DSK/本アルバム中、僕が最も気に入っている、キャッチーなガレージ・チューン。マイアミのダンス・レーベルHOT PRODUCTIONのプロデューサー(2ライヴ・クルーのパロディ・チーム、2 LIVE JEWSのメムバーでもあるおちゃめな)ジョー・ストーンの結成したハウスユニット。ガレージ・マナーを踏襲した曲作りも見事だが、投げやりなようでいて、しっかりゴスペルしているジョイストーン嬢(fromフィラデルフィア!)のヴォーカルが何と云ってもグー。地元マイアミで小ヒットしたのに目をつけたFFRRが、すかさずメジャー契約。御大スティーヴ・"シルク"・ハーレイのリミックスで、めでたくUSダンス・チャートイン。本アルバムに収められているのは、オリジナル・ヴァージョン。

●スラム/そのS・ハーレイも秘蔵っ子グループ、ジョマンダの『GOT A LOVE FOR YOU』のイントロで用いた、チープなシンセをメインにフィーチャーした、超気持ちE一曲。典型的レイヴ・チューンだ。

●キューバ・グディング/イギリスのナイトクラバーにはなつかしい、83年にロンドン・レコードから発売されたダンスクラシックのリミックス。スキャットをはさんだ、ヌケヌケにジャジィなヴォーカルも、クラシック・ブームの今聞くと又格別也。オリジナルのミックスは、日本では"ワイルドスタイル"ロンドンではサルソウル・レーベルのピアニストで著名なアーサー・ベイカーだけど、このリミックス、もしかして…。

●ユタ・セインツ/日本でも、from UKのMTV番組で話題先行の曲がこれ。リーズ出身のジェス・ウィリスは、ニュー・ウェイヴ・バンド、CASSANDRA COMPLEXを脱退後、地元MILE HIGH CLUBの70'sディスコ担当となる。同じクラブの違う曜日にスピンしてたティム・ガーバットとジェスは意気投合。DJコンテストでならしたティムのプログラミングとジェスのクラシック趣味で作られたのが、「ホワット・キャン・ユー・ドゥ・フォー・ミー」だ。グウェン・ガスリーとユーリズミックスのフレーズを大胆に引用するも、白ジャケ・ブートの時点で、ユーリズミックスからクレームがつき、FFRRがローヤリティ問題を解決し、今回の正式リリースとなった。こりない二人は「パンクっぽいサムプリングで行きたいんだ。」とイキまいてる模様。

●フォトン・INC.[フィーチャリング・ポーラ・ブライオン]N・Y系のハウス大好き人種にはお馴染み、STRICTLY RHYTHM原盤のストロングな曲。プロデュース/クリエイトは、かのDJピエールだっ! 今もシカゴで頑張るマーシャル・ジョファースンと共にTB303を使い、PHUTURE名儀でアシッド・サウンドを連発し、近頃はN・Yのヒップハウス一人者として活躍。最も新しい情報では、ラガ・アシッドDJ、ボビー・コンダースとの、移動大型クラブ"WILDPITCH"のレギュラーで人気再熱との事。この曲もN・Yでは"WILD PITCH MIX"と銘打たれたヴァージョンでプリ・リリースから人気フライングするも、本アルバムでは、オリジナルが収録されている。

●クラブソーン・1/このチームも、先述のユタ・セインツと同様の経緯によるリリースだ。OH'ZONEと云う、どマイナーの白ジャケ・リリースから、正式発売され、小ヒット。FFRR側のメジャー・リリースで我々の許へ届いたこの曲、主人公がJAZZY Mと云うDJであると云う事以外、一切不明。踊れる曲だけに、残念。

●バンデラス/このアルバムでも、日本で一番知名度が高いのが、このグループだろう。キャロラインとサリーと云う二人組のデビューアルバムは、ペット・ショップ・ボーイズ等で有名な、ステファン・ヘイグのプロデュースと、バーナード・サムナー(ニュー・オーダー)、ジョニー・マーの参加で話題をよんだ、ダンスと云うよりポップアルバムである。にもかかわらず、本アルバムでは堂々のラスト・ナムバー。この辺りが、このコムピレイションの憎いところなのだ。かつてソウルIIソウルが、「人生に戻ろう、現実にかえろう」と歌い、世界中のクラバーを熱狂させたように、イタリアのベテラン、マッシミーノ&ファビオ・Bのリミックスによる、このヴァージョンは、アカペラで、こう歌われる。「あなたの人生の目的は何?/真実は何処?/あなたの希望、憶えてる?」たしかに、日本のニューミュージック歌手でさえも敬遠する、クサいフレーズだけど、イリーガルな真夜中のクラブで、大音量で体験したら…CHILL OUTまちがいなし!

 『アンダーグラウンド』をキイ・ワードに集められた、FFRRのコムピレイション'91こそは、クラブ・ミュージックが失いかけてる、スタイリッシュさ、ビート感、インチキさ、青臭さ、不良っぽさをBRING BACKしようとするメッセージにあふれている。どの曲もチープっぽいけど、若々しくて、イカシてる。スピード感があるよ。久々にハウスをCDで聞いて、ハマリました。みんな、サンキュー!

[91・10・22 本根誠]

VARIOUS 「パロキシズム Vol.1」


UKハウス・シーンの現状

UKハウス・ミュージックの最新潮流は、
クラブ・サウンドとしての"バレアリック・ビート"と、
レイヴ・サウンドとしての"ハードコア・テクノ"の2つの流れに大別できる。
と言っても何のことだかサッパリ解らない人も多いと思うので、
簡単に説明することにしよう。

 まず確認しておきたいのは、
現在イギリスでは2種類のハウス・パーティーの存在の仕方があるということだ。
一つは500人程度のキャパシティーの
比較的小規模な"クラブ"に於けるパーティーで、
もう一つは週末に数千人単位の人を集めて行われる
大規模な"レイヴ"に於けるパーティーだ。
どちらかと言うと、前者は20代のクラバー中心に支持されており
入場料は£5程度がー般的。
一方、後者の支持層としてはハウス・ジェネレイション以降の10代もかなり多く、
最近では入場料が£20以上もする大掛かりなイヴェント形式のものもある。
しかし、単純にクラブ・パーティーを大規模にしたのが
レイヴ・パーティーと考えるのは間違いで、
両者は本質的に似て非なるものと言えるだろう。
実際にクラバーはあまりレイヴを好まないし、
逆にレイヴァーは殆どクラブに遊びに行かないという説もある。
どうやらクラブとレイヴの支持層は、今や二極分化しつつあるようだ。
何故かって? 
それはおそらくDJのプレイするサウンドに決定的な違いがあるからだろう。
最近のロンドンのクラブ系DJは、
テクノあり、ガラージありのフリースタイルな選曲をするDJが多いが、
レイヴ系DJともなると、もうテクノ一辺倒なのだ。

 '91年8月に僕がロンドンに遊びに行った時は、
ラテン・パーカッションやピアノをフィーチャーした、
いわゆる"バレアリック・ビート"や、ソウル風のヴォーカルをフィーチャーした
"ガラージ"のようなハッピーなハウスがクラブ・サウンドの主流だった。
この秋~冬にかけて、さらにカラージ熱が高まっている横様。
 一方レイヴでは、いわゆる"ハードコア"と呼ばれるテクノが主流で、
クアドロフオニア、T99、キュービック22、ザ・プロディジーといった
20歳そこそこのテクノ・キッズによる攻撃的なサウンドが主流になっている。
"ハウス版ヘヴィ一・メタル"、
あるいは"ホラー・ハウス"などとも呼ばれるハードコア・テクノは、
小さなクラブで体験すると苦痛以外のなにものでもないのだが、
大規模なレイヴでは充分に効果を発揮するようだ。

 また、最近ではクラブで流行しているバレアリック・八ウスの要素と、
レイヴで流行しているハードコア・テクノの要素が
1曲の中にうまく混ざり合った曲も登場し始めている。
例えばビザール・インクの'Such A Feeling'や、
DJ力-ル・コックスの'I Want You(Forever)'のような曲は、
バレアリックDJとハードコアDJの両方にプレイされており、
今後こうしだ"バレアリック・テクノ"や"テクノ・カラージ"と呼ばれる
クロスオーヴァー・サウンドがUKハウスの奔流になりそうな気配だ。

パロキシズム

 本CD『パロキシズム』は、
現在のテクノ・ハウス・シーンを知る上では格好のー枚と言えるだろう。
この作品はMUTEがディストリビュートすることになった
ロンドンのトップ・ハウス・レーベル"ブラック・マーケット"の
コンピレーション・アルバムである。
 参加アーティストは、北ロンドン出身の20歳のDJ/リミキサー"DJ・マッシヴ"、
同じくロンドン出身の"デシヤ(DESIYA)"、"アルファ3-7"、
"A.Z.T"(以上ブラック・マーケット所属)と、
デトロイト出身の実験的テクノ・ユニット"アンダーグラウンド・レジスタンス"、
LAのアシッド・テクノ・ユニット"DCB-A"を加えた6アーティストである。

 DJ・マッシヴが手掛けた①'マッシヴ・オーヴァー・ロード'
⑬'マッシヴ・オーヴァー・ロード(リミックス)'はハードコアDJも好んでプレイしそうな
ヘヴィー・ベースがカッコイイ極上のテクノ・チューン。
⑦'ポイント・オブ・インテンシティ-'⑫'バンピー'はともにヒップ・テクノだ。
すべてロイ・ラスプリラ(Roy Lasprilla)という名前(DJ・マッシヴの本名?)が
作曲者としてクレジットされている。
 デシヤことマシュー・パークハウスによる3曲のうち
②'2・パーツ'はブレイク・ビ一ツに乗せて
メリッサという女性シンガーが歌うメランコリックな曲。
⑥'カミン・オン・ストロング'は同じくメリッサによる
ソウルフルなヴォーカルをフィーチャーしたUKテクノ・ガラージだ。
⑩'トライ・アゲイン'は沈んだ感じのチープ・テクノで今一つか?
 アンダーグラウンド・レジスタンスの③'アドレナリン'は
初期のシカゴ・アシッドを思わせるヒップ・ハウス調のナンバー。
このユニットは自身のアンダーグラウンド・レーベルから
既に10枚以上のアヴァンギャルドなテクノ12インチをリリースしている。
 アルファ3-7ことクリス・アチャムポン(Chris Acham-pong)による④'レットミー・テル・ユー'は
ラガマフィン調のラップや女性ヴォイスをフィーチャーしたジャジーなピアノが印象的な曲。
⑧'トゥー・ポジティヴ'、⑪'バブー'はともにヒップ・テクノだ。
 DCB-Aの⑤'アシッド・ビッチ'は、タイトル通りのアシッド・ハウス。
ブリープ音やヴォイス・サンプルは3年前の音という感じだが、
LAでは今頃アシッド・ハウスが流行っているのだろうか?
 イタリアのリミニ辺りでもプレイしている
ロンドン在住のDJ・デイヴ・ピッチョーニによるA.Z.T.の
⑨'チョイス・オブ・ア・ニュー・ジェネレイション'は、
クールなシンセが気持ちいいシンプルなテクノだ。

 本CDに収められた曲は大ヒット・チューンこそないが、
アンダーグラウンド・ハウスの最良の部分を集めたような内容になっている。
また、アルバム・タイトルの"パロキシズム"という耳慣れない言葉には
"周期的発作"という意味があるようだが、
テクノ・ハウスでケイレン的に踊る快楽は、まさに"パロキシズム状態"と言えるだろう。

テクノ・イズ・バック!

 前述の通り、イギリスに於けるクラブ・サウンドの主流は、今やテクノ・ハウスではなく、
歌やピアノをフィーチャーしたガラージ・サウンドへと向い始めている。
テクノがかかるクラブはマンチェスターやシェフィールド辺りにはまだ存在するが、
ロンドンでは既にまったく下火になっている。
 しかし、一方ではレイヴの盛り上がりによってテクノ・ブームが再燃していることも確かだ。
'80年代のロンドン・アシッドハウス・ムーヴメントの時には、
まだローティーンだったような少年たちがレイヴに夢中になり、
ハードコア・テクノに夢中になっている姿を見ると、
もはやハウスは新たな次元に突入したのではないかと思われる。

 ハードコア・テクノを作っている連中の多くは20歳そこそこで、
またそれに夢中になっているのは10代の少年が大半だ。
ハードコアはハウスを知らない子供たちに圧倒的に支持されているだ。
ハードコア・テクノはハウスとは別ものではないか? 
特にベルギーのものは、ハウスというよりもインダストリアル・ロックに近いものが多い。
刺激物のようなサウンドは、
個人的にはネガティヴな感じがしてあまり好きになれないのだが……。

 しかし、ハードコアDJも好んでプレイする極上のテクノはぜひチェックすべきだ。
それは例えばロンドンのヴァイナル・ソリューションのEON、デプス・チャージ、
ビザール・インク、ミディ・レイン……や、
NY出身でベルギー等で活躍しているジョエイ・ベルトラム、
ZTTのシェイズ・オブ・リズム、シェイメン、
そして本CD収録のDJ・マッシヴなどなど。
これらのテクノはハウスの本質的な部分、すなわちポジティヴィティーを感じさせる音楽である。
 楽しくなければハウスじゃない!――これが基本だ。

小泉雅史(REMIX)

1991年12月1日日曜日

オービタル 「オービタル」


  東京のクラブ・シーンに異変が起きていることを知っていますか?

 時代がディスコからクラブへと移行するなか、DJのかけるサウンドも、かつて一世を風靡したユーロビートからテクノ・ハウスへと、大きく移行していった。

 このような――テクノ革命――とでもいうべき裏の社会現象が、東京に起きたのである。そしてやがては日本中に波及するこのテクノ・ムーヴメントを象徴するアルバムが、ついにアナタのもとに届けられたのだ。

 オービタル。待望のデビュー盤がそれだ!

 もしアナタが、この解説から目を通しているのなら、是非8曲目から聴き始めて欲しい。

 この曲『チャイム』は、1990年の春にリリースされたオービタルのデビュー・シングルで、何を隠そうこのボクも、これ一発で彼らにすっかり魅了されてしまったクチなのだ。

 タイトル通り、鐘の音をイメージしたデジタル・シンセによる美しいサウンド、そして印象的にリフレインされる「♫パパンパーン、パンパンパ・パパンパーン~」というメロディアスなフレーズ。決して音数も音色も多くないこの曲が、当時ロンドンを席巻していたレイヴ・パーティーのテーマソングとして、クウォーツ『メルトダウン』とともに愛された。

 ここで、レイヴ・パーティーについて少し解説しておこう。

 1987~88年にかけて猛威を振るった新種のドラッグ「エクスタシー」の流行は、単に一つの社会問題に帰結することなく、独自の文化、すなわちアシッド・カルチャーを生み出した。このような反社会的な現象のなか、レイヴ・パーティーは誕生したのである。

 初期レイヴ・パーティーは、アシッド・カルチャーの申し子アシッド・ハウスを中心にピークを迎えた。しかしドラッグとの密接な関係ゆえ、常に警察の厳しい監視下に置かれ、レイヴ・パーティーは次第に地下へと潜っていく。例えば倉庫を使ったウェアハウス・パーティーも、その一例であろう。

 こうしてその立場上、より内向的な性格を強めていくレイヴ・パーティーは、激しいだけのアシッド・ハウスから、脳にもカラダにもやさしい、メロディアスなハウスを好むようになる。

 そうしたなかに登場したのが、先に挙げたクウォーツと、このオービタルなのである。

 オービタル『チャイム』とクウォーツ『メルトダウン』は、この手の曲としては異例の大ヒットとなり、レイヴ・シーンの新たな可能性を見出だすことにもなった傑作なのだ。

 また12インチ・シングルでは、ナント12分にも及ぶロング・ヴァージョンで『チャイム』は収録されている。機械的なようでどことなく人間味あふれる音楽空間は、音数をだんだんと増やしていくその構成によるものだ。

 よく聴いてもらえばわかるのだが、1回目のリフに比べ2回目のリフでは「♫パパンパーン~」というフレーズが、ダブルになっていることに気付くはずだ。実に、細かい。

 オービタルは、フィル&ポールのハートノル兄弟による、業界でも珍しいブラザー・プロジェクト。自宅の4トラック・マルチで『チャイム』を録音したのがきっかけで、今日の成功を勝ち得たラッキー・ガイズである。

 1980年代初期のインダストリアル・アヴァンギャルド・ミュージック――キャヴァレー・ヴォルテール、フーラ、スロッビング・グリッスルetc.――と同時にシカゴ・ハウスも好きだという彼らのサウンドは、とてもフェミニンなテクノ・ハウスだ。つまり女性的な感性と洗練された知性を兼ね備えたプロジェクトこそが、オービタルなのだ。

 さて、彼らがリリースしたシングルについても、触れておきたい。

デビュー・シングルは『チャイム』。これについては、もういいだろう。

 続いてリリースした2ndシングルが『オーメン』で、天体や宇宙船の軌道を意味するオービタルの名の通り、彼らの宇宙指向を強く打出した作品となっている。またバットホール・サーファーズをサンプルしたアイディアも見事で、その余りの完成度の高さにシェイメンと比較されることもしばしばであった。惜しくもこのアルバムには、未収録。

 1991年1月には、3rdシングル『サタン』がリリース。ロンドン訛りのうなり声でラップ(?)するテクノ・ヒップ・ハウスで、トップ20にチャートインする大ヒットとなった。B面には、『L.C.1』『ベルファスト』の2曲が収録。『L.C.1』は、ある深夜家路を急いでドライブしていたときに起きた未確認飛行物体との遭遇を、サウンドトラック型式でハウス化した画期的ダンス・チューン。しかし『サタン』『L.C.1』ともに、このアルバムには未収録。『ベルファスト』は、北アイルランドの首都であり、美しい海港をモチーフにしたムーディーな曲。DJがラストに好んでかけた、という珠玉の名曲。

 そして只今チャート急上昇中の4作目『ミッドナイト』へと続いていく。

 これからもわかるように、オービタルは完全なるコンセプト指向のアルバム・アーティストである。シングル一枚の価値では、とうてい計れない。それでは、アルバムの魅力を探ってみるとしよう。

 1曲目から、オービタルの宇宙遊泳がいきなり始まるスペース・テクノ。パンプしながらシーケンスするビートに、彼ら特有のシンセ音を少しずつ乗せて披露する。まさにオープニングに相応しい曲だ!。

 2曲目は、『スピードフリーク』のタイトル通り、ジェットコースターさながらの興奮が味わえるスピーディーなテクノチューン。「スパイ大作戦」を連想させるフレーズが印象的で、ブレーク的に使われるエモーションズ『ベスト・オブ・マイ・ラヴ』のサンプルが、より一層のスリルをかきたてる。

 3曲目は、ムーディーなメロディーが、マイナー進行するベースパターンと気持ちよく融合したスペース・テクノ。

 4曲目は、12分という大作『デザート・ストーム』。第3次世界大戦かと世界を震撼させた、イラクのクウェート侵攻に端を発する中東危機をテーマにした、タイトル通りのコンセプト曲。歩くこともままならない砂漠での、兵士たちの歩みをリズムにしたような、重くずっしりとしたビートや、ヘリコプターの飛来する音をシンセ化(本物をサンプルしないでリアルに再現しようとするところがより怖い)したりと、戦争の悲惨さを訴えかけている。

 5、6曲目は、8曲目『チャイム』の前奏曲。シンプルな構成で、リラックスさせる。

 7曲目は、オービタル風ジャズハウス。もちろんテクノ・テイストなので既成のそれとは、かなり違う。聞きようによっては、フルートに聞こえなくもないシンセが、麗しい。

 8、9曲目はライヴ・ミックス。これぞオービタルという12分49秒を、たっぷり堪能できる。特に『チャイム』から『ミッドナイト』に移行する部分は、涙がでるほど素晴らしい。永遠にループするかのような『チャイム』のラストを遮るように、『ミッドナイト』がINN。このアルバムの、クライマックス・シーンだ!。

 ラスト10曲目は、映画の一カットを見てるような、そんな錯覚に陥りそうな『ベルファスト』。静かに荒れる海岸線を、遊覧しているのかもしれない。ボーイ・ソプラノのようなヴォーカル・スキャットがまた心地好く、最後だんだんと遅くなっていく過程もまた、たまらなく美しい。まるで朝のラジオ体操で味わう、深呼吸のようだ。

 今年6月ロンドンで、『ミッドナイト」をレコーディング中だったオービタルを訪ねたとき、なぜか昔懐かしい友達に再会したような気がした。それが何故なのかは、こうやって

ライナーノーツを書いてる今も、やっぱり分からない。エンジニアやアシスタントを含めたメンバー全員に対して、気遣いをする兄フィル、サウンド面でアーティスティックにリードする弟ポール。この2人の持つ温かさが、そう感じさせてくれたのかも。

だからボクは、オービタルが好きなんだ!。

NOBBY STYLE (宇野正展)