1993年7月1日木曜日

アンバサダーズ・オブ・ファンク 「ゴー・マリオ・ゴー」

 


GO!ゲームミュージックGO!

《日本発イギリス経由、世界リリース》
ゲームミュージックの近未来革命宣言!

 全ては1枚のFAXから始まった。英国ナショナルチャート8位を記録した『スーパーマリオランド』の日本側発売が92年の3月21日に決った後すぐの事、そのシングルを作った『アンバサダーズ・オブ・ファンク』のプロデューサー『サイモン・ハリス』からアルファレコードに次の様なFAXが届いた。

 …僕らは次のシングル用のレコーディングを終えている『ゴー・マリオ・ゴー』というタイトルなのだが、もし出来るなら僕らのこのシングルを日本から最初に発売してくれないだろうか? 何故なら日本は『ニンテンドーの国』だからだ。そして、僕たちは日本のスタッフと一緒にマリオのフルアルバムを作りたいのだがどうだろうか?…

 全ては始まった。彼らがロンドンでマリオのアイデアを思いついたのは92年の夏前だったらしいのだが、その少し前の4月1日からニンテンドーの国=トウキョウでは『TGNG/東京ゲーマーズ・ナイト・グルーヴ』という地下組織が、ゲームとクラブ&レイヴカルチャーの融合を目指し、クラブに家庭用ゲームハードを持ち込みプロジェクターに映してプレイ、そして福富幸宏氏をメインにしたDJプレイで踊りながらゲームするという、ワンナイトクラブイベントを敢行していた。

 そして、11月20日の『TGNG4/ノーコンティニュー・カウボーイ』でアルファレコードの洋楽ディレクターが、たまたま『スーパーマリオランド』のアナログを持って来てプレイした。その時遊びに来ていたのがファミコン&ゲームボーイソフト『ヨッシーのたまご』のゲームデザイナーである『ゲームフリーク』主宰の田尻智氏だった。その時、アルファのディレクターとTGNGのスタッフと田尻氏の間での会話は、

 …これが本の意味でのゲームミュージックなんじゃないだろうか? 交響曲や子供の為にアレンジされた現在のゲームミュージックシーンとはまったく違った何か新しい事が起こっているのじゃないだろうか…

 という共通の想いだった。そして、このイギリス版『スーパーマリオランド』の日本側リリースの許可を二ンテンドーから得たという事が想いを確信に変えた

 今までニンテンドーが、マリオのサウンドをアレンジしフルアルバムとして発売した事実はあった(例えば『スーパーマリオワールド』という2枚組のアルバムが発売になっている。その時のサウンドクリエイターは渡辺貞夫氏。プロデュースはドラクエのすぎやまこういち氏が担当。ジャズ&フュージョンアレンジのマリオワールドだった)。

 しかし、イギリスのゲーム好きミュージシャンが勝手にゲームサウンドをサンプリングして、しかも英語でMCマリオというキャラクターにラップさせるという強引な作品が許可されたという事実は、このプロジェクトの根底を支えるモノとなった。

 かくしてTGNGのスタッフとゲームフリークのスタッフにアルファレコードからサイモンの意志が伝えられた。

 …ゲーム好きなイギリスのミュージシャンとゲーム好きな日本のスタッフと一緒に世界発売を目指したマリオのアルバムを作ろう…

 そして、このプロジェクトのリリースシステムに大切なのはGMOレーベルの復活だった。それは、1986年に始まったこのレーベルが世界初のゲームミュージック専門のレーベルだったからである。

 そして、アルファGMOレーベルとロンドンのサイモンとゲームフリークとTGNGの間でFAXの意見交換がなされ。企画書が出来上り、本当の意味でマリオのふるさと京都へ向かった。そして、今や世界のミスターマリオ宮本茂プロデューサーに会見したのだった。

…うん。好きにやってください。マリオというキャラクターはね、マリオに愛のある人が、よってたかって大きくした様なモノですから。それにマリオワールド(TVゲームの世界観)を解ってくれる人が作っている様ですから、あとは好きにイジッて楽しいモノをつくってください…

 そして、この5月にアルバム発売のミィーティン為にサイモン・ハリスが来日。かくして東京↔ロンドンで同時に始まったゲームカルチャーの新しいカタチの真意を確かめるべく、日本側プロデューサー・田尻氏とイギリス側プロデューサー・サイモン氏の対談が始まった。

田尻 まず、サイモンが何故ゲーム音楽を素材として選んだのかを聞きたいんですけど。そして、数多いゲームの中で『マリオ』を選んだというのは?

サイモン うん。まず、ゲームが好きだったという事が大切だね。そう『パックマン』や『スペースインベーダー』の時代からね。インベーダーなんて家にゲームハードを買って来てやってたくらい(笑)。……でね。ゲームボーイで『スーパーマリオランド』をプレイしている時にBPM(楽曲のスピード)が120のBGMがあったんだよ。それでコレは、と思ったんだ。それから『マリオ』というキャラクターは、もう世界中で新しい時代の『ミッキー』と言われているくらいの存在だからね。

田尻 うん、そうだね。でも、なんでゲームボーイの音源だったんだろう。もうスーパーファミコンだって出てたはずだし、音で考えてもスーファミはステレオラインアウトだし、ゲームとしても4年前の『ランド』よりスーファミの『ワールド』の方が今では代表的だと思うんだけど……

サイモン うん。それはイギリスという国柄が大きく問題になってくると思うんだけど。まだまだイギリスでは、スーファミのソフトの発売が日本ほど普及していないんだ。例えば『スターフォックス』は、まだイギリスでは発売になっていないくらい。それに最初は、とりあえずイギリスでヒットする事が大切だったから。ゲームボーイは、イギリスで一番売れているゲームハードだからね。それで『ランド2』については、『ランド』のシングルのレコーディングをしている92年の夏の時点ではまだ持っていなかったんだ。…あと8ビット機(日本のファミコン)についてはイギリスではパル変換(TVのシステムが日本とは違う)のせいで日本のソフトが巧く作動しないからね。……いろんな意味で日本はゲームカルチャーの最先端だと思う。だから、今回のマリオのアルバム発売に日本のスタッフと一緒にやりたかったんだ。マリオというキャラクターを僕はディズニーと同じくらいの敬意を払って仕事をしたかったからね。

田尻 ほんとうに好きなんだという事が音楽からもわかるよ。僕は音楽についてはよく解らないけど、ゲームについては好きからはじまって、作り手にまでなってしまったくらいだからね(笑)。

サイモン うん。ミスター田尻が作った『マリオ&ヨッシー』(日本でのタイトルは『ヨッシーのたまご』)は好きなゲームだよ。今回のアルバムにも使いたいな。それでマリオの凄いところは、他のキャラクターと違ってニンテンドーのあらゆるジャンルのゲームに登場している事だね。それこそ『ニンテンドーゲームランド』の『ミッキーとその仲間たち』だね(笑)。僕は、ミッキーの大ファンでもあるんだ。ミッキーやマリオの共通点は、作り手が子供のモノだというスタンスでは決して作ってないところだ。大人が楽しんでやれないモノを子供が楽しめるワケがない。

田尻 うん僕がゲームを作る時にも同じだよ。…で、疑問なんだけどイギリスではゲームミュージックシーンはあるのかな? あるとしたら日本の子供的(アニメ的)なシーンと違うのかな。

サイモン うーん、残念な事だけど全くない。それこそ僕たちが最初だ。でも、その最初のシングルが大ヒットしたというのは、みんなが待っていたという事でもあると思うんだ。イギリスのゲームミュージック・シーンはこれから僕と田尻たちで作るんだよ(笑)

田尻 そうか。日本でもサイモンや僕が考えているシーンはないよ。ゲームミュージックの始まりは、ゲーム好きのYMOというユニットのミュージシャンが作った『ゼビウス』のサンプリングダンスミュージックだったんだけど、それがヒットしなかった事からアニメ的な、または作曲者自身がフュージョンに変えたり。音楽的には素人たちのゲームミュージックプログラマーたちがバンドを組んでライブをやる様な、ミュージックシーンにいつの間にかすり変ってしまったんだよね。……でも、これからが始まりという感じがするね。僕が今度マリオのニューソフト(『マリオとワリオ』というタイトルのスーファミソフト!)を夏に発売する為に作っているんだけど、その音楽もサイモンが気に入ってくれたら使ってほしい(笑)。

サイモン もちろん(笑)。今回、日本に来てイギリスや日本で新しいゲームミュージック・シーンが始まっている事を実感できたよ。

 そして、サイモンと田尻はニューゲームミュージックシーンのパイオニアになる握手をして別れていった。全てはこれからだ。

 マリオワールドは、今年ハリウッド映画『スーパーマリオ』になって全世界公開される。そして、今までの4本のファミコンソフトを1本のスーファミに入れたニューソフト『マリオコレクション』がリリースされる。その上、田尻氏がデザインしたスーファミ用オリジナルニューソフト『マリオとワリオ』の発売も世界中が待っている。そんな中、ゲームミュージック・シーンにも新しい革命が起こっているのである。

 そして、それは、8月1日に発売されるフルアルバム『スーパーマリオ・コンパクトディスコ(仮)』に全て集約されるはずだ。

NOW PRINTING.FacX.DAI SATO.GMO "TEXT" HERO.
THANKS:NAOKO KAWAKAMI/GAMEFREAK

1993年6月21日月曜日

VARIOUS 「エリア・コード313 | デトロイト・テクノ・コンピレーション」

 


黒いアンヴィエント・ハウス

アメリカ合衆国、ミシガン州、デトロイト。

アメリカ全土からみれば、小さな都市の部類に入るここデトロイトは、自動車産業を基盤として台頭したアメリカ有数の工業都市である。人口の80%以上を占めるのが黒人ということもあり、モータウンに代表されるブラック・ミュージックの盛んな都市としても有名だ。この地に、「デトロイト・テクノ」なるプライオリティの高い独自のサウンドが誕生して、はや6年。光陰矢のごとし、月日の流れの何と早いことか。「デトロイト・テクノ」の音楽的性格は硬質かつ金属的、機械的にして野性的なリズムをベースにしたアンヴィエント・ハウスであること。アンヴィエント・ハウスといえば、いまでは「ブライアン・イーノ→KLF→オーヴ」という、一連のプログレッシヴ・ロックからの派生型的ハウスを指す。

 しかしアンヴィエント・ハウスのカテゴライズは、単にそれに止まらない。その構成要素として、808ステイト「パシフィック」が重要な位置を占めることをご存知だろうか。ZTTレコーズから、この曲でデビューを果たした808ステイトだが、同時にインディ時代の最大のヒット曲でもあったことを知る人は意外と少ない。ZTT盤ではもうあまり感じられないが、インディ盤ではこの曲を最後に脱退したジェラルド・シンプソンの影響が色濃く反映されている。それは、何か?

ベース・ライン、である。

 ZTT盤では、鳥の鳴き声のサンプリングやソプラノ・サックスによる美しいメロディーばかりが取り沙汰されたため、この曲に対するベース・ラインの貢献度については語られなかった。しかし黒人特有(ジェラルドはマンチェスター在住の黒人)のうねるようなグルーヴィーなベース・ラインがあってこそ「パシフィック」は「パシフィック」で有り得たのだ。

 その証拠に、808ステイトの曲。「パシフィック」以外、すべてのリズム、ベース・ラインが「ロック」しているのである。やはり白人の構築するダンス・ミュージックと黒人のそれとは、リズム、それもベースラインに大きな違いがあるようだ。

 デトロイト・テクノの魅力も、やはりグルーヴ感のあるアンヴィエント・ハウス、といえるのではないだろうか。デトロイト・テクノ3大プロデューサーのひとりデリック・メイの作品を聴いてほしい。その中でも、デトロイト・テクノ初期の傑作と絶賛されたシングル「ヌード・フォト」は、スピーディーな展開と幻想的なメロディーをもつ第一級のデトロイト・テクノ。ここでも特有の強烈なグルーヴが、そのウネルようなベース・ラインによって打ち出されている。その事実は、彼が最近手掛けた一連の作品でも変わらないようだ。特にイタリア産アンビエント・ハウスの名曲「スエーノ・ラティーノ」のリミックスは、彼の魅カが充分に生かされている。キックとスネアを全面に出さず、16分と32分を絡ませたハイハットと躍動感溢れるテインバレ系パーカッションの組み合わせによって、独特のスピード感をもつトランシーな仕上がりを担っている。


313デトロイト

 このCDのタイトル「エリア・コード313」とは、デトロイトの市外局番からネーミングされたものだ。ここには、アンダーグラウンドなデトロイト・テクノ8作品が収録されている。

 オープニングは、ケニー・ラーキンのニュー・プロジェクト『ダーク・コメディ』。彼はデトロイト・テクノ・ファンならお馴染みのカナダのレーベル「+(プラス)8」で活躍したアーチスト。このカナダ産デトロイト・テクノのレーベルは、その名の通り、ターンテーブルのピッチを「+(プラス)8」にしてDJプレイをさせるのをコンセプトにした超高速デトロイト・テクノ。しかし『ダーク・コメディ』プロジェクトでは、ドラマティックな雰囲気をもつデトロイト・テクノをクリエイトしている。

 リール・バイ・リールは、ジュアン・アトキンスのメトロプレックス発。ジュア

ン・アトキンスは、“マジック”ジュアンの愛称で親しまれるデトロイト・テクノ界のゴッド・ファーザー。彼が参加したリール・バイ・リールの新曲なだけに、独特のグルーヴ感が加味されたサウンドになっている。カール・クレイグといえば『プラネットE』。彼が主宰するこのレーベルは、いま日本でも大人気の新興デトロイト・テクノ・レーベルである。ピース『フリー・ユア・マインド』もそうだが、特にこのCDのラストを飾る69(シックスナイン)『ディザイア』が推薦。アンビエント・ハウス界の「ファンキー・ドラマー」(?)と呼ばれるこの曲を、カール自身はジャズ・ファンクだという。もちろん「いわゆるジャズ・ファンク」とは違うが、既成のデトロイト・テクノとは差別化されるべきそのベース・ラインは、まさに新たな90年代ジャズ・ファンクのカタチなのかも知れない。おそらくいま一番輝いているいるデトロイトのアーチスト、エディー・“フラッシング”フォルクス『ワーウィック』もおもしろい。彼はベルリンのレーベル『トレゾー』からもリリースするなど、その活動の範囲も幅広く、当然彼がクリエイトするサウンドも単なるテクノには止まらない。アンダーグラウンド・レジスタンス『アイ・オブ・ア・ストーム』にも通ずるソウルフルなテクノ・ハウスは、まさに21世紀のディスコ・サウンドに違いない。

 先に述べたとうりデリック・メイ『ヌード・フォト』のライターとして知られるトーマス・バーネットのサボタージュは、極上のアンヴィエント性をもったデトロイト・テクノ・プロジェクト。ドリーミーなアンヴィエントトランス(アンヴィエントートランスを掛け合わせた造語)をダンス・フロアーに享受する無次元クラブ・サウンドといえるだろう。サントニオは、インナーシティ、リース・プロジェクトで有名なケヴィン“マスターリース”サンダーソンとパートナーシップを組んだシングル『ロック・トゥ・ザ・ビート』の大ヒットで知られる人物。またK.E.L.S.E.Y.のマーク・キンシェンは、かってケヴィン・サンダーソンのKMS(彼の頭文字)レコーズからもリリースしていたデトロイト・テクノのパワフル・エイジ。現在はモビーと共同プロダクションを経営する傍ら、B-52's、シェイメンなどのリミックスを手掛ける多忙ぶり。彼のエリア10・レーベルからリリースされていたこの曲は、完全無欠のアンダーグランド・テクノ・チューン。

 インフォネットが企画したこのCDは、すでに昨年末には輸入されて、日本の高感度なナイト・クラヴァーたちにはマスト・スタッフ。最近では入手も困難だったため、実に待望の国内盤リリースだろう。

 デトロイト・テクノとインフォネット、いまイチバン、目が離せないクラブ・トレンドの同期せよ。

1993.4 NOBBYSTYLE

1993年3月21日日曜日

MEGA RAVE PROJECT 「RAVE TECHNOPOLIS TOKYO」


このアルバムを今手にしている人達の大半が
2通りの人種に分かれるのではないかと思う。
1つは「YMOオタク」で、往年のYMOの名曲が
現代テクノ風にアレンジされリミックスされたとは一大事!
一体どんなものになってしまったのだろう?と手に入れてしまった人。
そしてもう一つは「ジュリアナイケイケギャル&フリーク」とその予備軍で、
「えっあのDJジョン・ロビがリミックスしたアルバムなの!」と
YMOの実体はさておき、「ジュリアナ・トーキョー」というブランドが
ヴィトンやベルサーチと共に必須アイテムになってしまっている人達だ。
まぁいずれにせよ「YMO」という1つのテーマに於いて
全く逆の人種が共通感を見い出せるというのは素晴らしい事である。

それにしても実際現在のジュリアナで
レイヴっちゃってるグルーヴァー達が20歳くらいだとすると
YMO全盛の79~80年頃は小学校のて学年、ということは
ほとんどYMOがなんなのかということも知らない人も多いのではないだろうか?
まぁ僕がリアルタイムで聴いていたのも中学1,2年位だから無理もないか…。

ちなみにそんな迷い子チャン達にちょっと説明しておくと、
YMOというのは紛れも無く日本が世界に誇れる最高のアーティスト集団であり、
テクノロジーの象徴ともいえるべく
70年台後期~80年台中期に活躍していたテクノグループである。
メンバーは坂本龍一、細野晴臣、高橋ユキヒロの3人。
この3人の名前は当然知ってると思うが、
グループ解散後もそれぞれが大活躍しており、
まさに時代のクリエイターとして
10年以上も君臨しつづけている偉大なグループなのである。

5年位前から世界的なブームとなり、
現在ではダンスグルーヴものの基本とも成りえている「ハウスミュージック」。
その基本的な流れにおいても大きく貢献したYMOは、
現在でも多くのアーティストに影響を与え、
テクノ系のアーティストや、それを操るDJ達の間でも彼らは神様的存在である。
もともとテクノ系の音源のクリック音を主とする「アシッドハウス」や「テクノ・ハウス」は、
YMOやクラフトワークに影響を受けた次世代の手によるムーヴメントであり、
「ソウルの原点ゴスペルにあり」的な感覚の従属関係を持っているはずだ。
そして何よりもそれらを構成する機材類がYMOブーム周辺に大流行した
アナログ系の機材であるということがそれらを証明している。
リズム・ボックスのTR-808、909、現在入手困難なTB-303など
YMO世代が提案した新たな音楽構築の世界は今でも受け継がれているのだ。

さてさて話が大分飛躍してしまったが、
昨年あたりから何やらYMO周辺が騒がしくなってきている。
YMO作品の発売元であるA社からは様々なYMO企画アルバムが発売され、
リミックスものなども何枚か登場している。
808ステイツやウイリアムオービットなどYMOに想いを寄せるそうそうたるメンバーが
リミックスを担当したリミックスものなどが(内容はともかくとして)その代表格であるが、
本作品がおそらく関連ものとしては最後のプロダクツになるであろう。
なぜならばYMO辞退が再結成され、
多分夏頃にオリジナルアルバムが出てしまうからである。
ここ1、2年彼らの再結成の噂が出ては消えるという事がくりかえされてきたが、
今回はどうやら"マジ"らしい。
既にレコーディングに入っているというのも業界筋の常識の様だ。
これはYMOファンが心待ちにしていた最高の状態になったわけである。

さて、そうなってくると気になるのは音の方、
僕が聞いた当初の噂だと「今回は実は全部生楽器らしい」とか
「君に胸キュン調の歌謡テクノだ」とか様々な噂が流れていたが、
僕のある友人が坂本氏に直接問いかけたところ「それはノーコメント」と言いつつも
「最近オーブとかどう? 君DJやってるんだろう? "アンビエント"とか好き?」と、
逆に聞かれたそうだ。
それから一歩的に予測すると
「環境音楽とかをテーマにしたアンビエント系のテクノ」というのが濃厚な線だろう。
(と、僕は勝手に思っている。)
まあ僕達の様なポストYMOキッズ(?)にとっては
「BPM速くて踊れるやつがいいよー」とごねたくなるところだが、
それはこのYMOカヴァーを聴いて納得することにしたい。

という訳で、イケイケのジュリアナギャル達もYMOがいかに偉大なグループか、
そして今年、YMOムーヴメントが
いかに注目されているかということがおわかりになっただろうか。
今からでも充分間に合うので、YMOの動きを抑えておけば、
きっと今年も目立ちまくれるからチェックしてみてくれ。

さてさて今回のこのアルバム、
実にうまくYMOの名曲の数々をハードコアテクノ風にアレンジしており、
お立ち台でグルーヴできちゃう乗り乗りのテクノハウスに仕上がっている。
それもこれもジョンロビンソンの
常にグルーヴを大事にしているNo.1 DJとしての力量であるのだが。
そのジョンがプレイしているジュリアナ・トーキョーは
現在の日本のNo.1ディスコであり、その噂は誰もが周知の通りである。
芝浦にあるボーリング場の1階にあるこの大型ディスコは
一昨年5月にオープンして以来日に日に噂が噂を呼び週末ともなると
3000人もの人数を動員するスゴイ"箱"である。
「ジュリアナギャル」と呼ばれるミニスカ・ボディコンのおネーさま方が
お立ち台でひらひらセンスを振り回しながらレイヴっちゃって
DJジョンのMCにあおられ、ダンスフロアーはまさに興奮(レイヴ)状態。
ここに行けばバブルも不況も忘れてしまうという「夢の楽園」なのである。

現在はディスコ不況時代と言われている。
がしかし、ジュリアナの状況を見てるとそんな事は全く感じられない。
確かに全国的にディスコやクラブの数は減ってきてるし、
ジュリアナ以外はどこもあまり良い状況ではなかった。
しかし最近になって少し状況が変わりはじめている。
ジュリアナに影響を受けた全国のディスコが「ハードコアテクノ」を中心とした選曲と
「イケイケのノリ」によって息を吹き返してきたのである。
日本のディスコ変遷を見ても常に隆盛の裏には
「ハイエナジー」と「ユーロビート」などの"イケイケ"なダンスビートが影を操っていた。
故に「ディスコは"ハードコアテクノ"と"ジュリアナ"に救われる」という見解も
あながち間違いではなさそうだ。
年間60本以上も全国のディスコをまわっている僕もそう思っているのだからまちがいない(笑)。
そして何より今年予測されるYMOムーヴメントと共に
新しいテクノ元年としての動向に期待がかかる。
ジュリアナイケイケギャルがYMOを理解した時、
そんな瞬間がハウス後進国と言われている日本の大逆襲が始まる時ではないだとうか。
このアルバムがそんなムーヴメントの橋渡しをする
「MIDIケーブル」であると僕は実感している。

MOTSU(MORE DEEP)

1993年3月20日土曜日

ビザール INC 「エナジーク」


フリーキーなTECHNO-RAVEからラヴリーなDISCO-TECHへ
これがビザール・インクのエナジー・ディスコティーク!

  いきなり極私的なお話で恐縮なんだけど、昨年の秋頃、トニー・ハンフリーズのCDを制作した佐藤&杉沢両氏に呼ばれてパーティーのDJをやらせて頂いた時のこと。結構夜も更けてクラウドもダレはじめた時、佐藤研さんがそれまでのステディなガラージ・ハウスから、何ともテクノな、でもすっごく黒くウネるインストものにチェンジしたんです。ワォ、格好いいってDJブースでクレジットを確かめたらこれが何とハッピー・マンデイズのシングル。この一曲で僕、目覚めちゃいましてねぇ。初めてシカゴ・ハウスを知った時みたくレコード屋さんまわりしたら、テクノ・ビート+ディスコ・フレイヴァーな、近未来っぽくて、でもどっかラヴリーでレトロなマンデイズタイプのサウンドはちょっとしたブームになってたみたいで、そのテが続々と見つかるんです。

 このマンデイズのシングルをリミックスしたのがテリーファーレイ&ピート・ヘラーのバレアリック・チームだったので、同じくUKバレアリック・シーンの親玉、ポール・オークンフォードが手掛けたELISAの「LOVE VIBRATION」ってのを最初に買ったらこれが大当たり。それからはCOCO STEEL & LOVE BOMBの「YOU CAN'T STOP THE GROOVE」に、ノマドの新曲(バーバラ・ペニントンのカヴァー・ディスコ!)、ヘヴン17までがBROTHERS IN RHYTHMをリミキサーに従えてDISCO-TECHしてたり、ついにはあのブラン・ニュー・ヘヴィーズもDAVE LEE(JOEY NEGROの方が解りやすい?)ミックスによるレトロ・ディスコなヴァージョンを作ったり。そして、ダメ押しの輸入版I-D誌「AGE OF D」(DISCOの時代)と云う特集。レイヴ・パーティーでキレまくってたロンドンっ子の移り気は今、ディスコ。刺激の強いハードコア・オンリーから、それらテクノのトゲと昔のディスコものが発してたいかがわしくもラヴリーなノリをミックスした世界こそがINNらしいのだ。

 で、さっそく。僕はダンスもの雑誌「PUMP」から依頼されてたコラムのタイトルを"MAGIC TOUCH DISCO-TECH"とさせて貰った。第一回目のレヴューは勿論ビザール・インク。そして程なく彼らの日本盤発売の知らせ。そしてついには今週付ビルボード・クラブ・チャートでC+Cのニュー・プロジェクトを抑さえて堂々の1位。USでも成功してたんだね。頑張れ、ビザール・ディスコ!

 このアルバムの話をしよう。スリーヴをみて頂けば解ると思うけど、このアルバムは前半部が、レーベルメイトのEONのミックスを含む1991年のマンチェスター録音。僕がひつこい位にDISCO-TECH!と指摘しているのは6以降の後半部で、92年ロンドンで録音されている。つまりはレイヴ・シーンの花形として活躍していた時期から、もう一歩進んだコンセプトを得るまでの歩みをスッキリと打ち出してみせた訳だが、全篇後半部の勢いで占めてほしい僕には納得のゆかない選曲でもある。これに対しメンバーのディーンは"レーベル側がそうしてほしいって云ったから"と淡白でちょい残念…。逆に全曲、前半部のようなハードコアを期待した昔からのファンもしっくりいかないんじゃないかな。デビュー当初の彼らってまさしくレイヴ・テクノの始祖だったしね。ハードコア・テクノは彼らからはじまったと云っても過言じゃない程の過去を彼らはもってるのさ。

 カール・ターナー、ディーン・メレディス、アンディ・ミーチャムの3人から成るビザール・インクは89年、スタフォードで結成されている。「イギリスで最も退屈な街」と云うここでディーンは現ALTERN 8のマーク・アーチャーと知り合い、4人はビザール・インク最初のヒット「TECHNOLOGICAL」を作る。しかし、マークの余りに芝居がかったKLFもどきにヘキエキした3人はすぐさま彼と訣別。「スタフォードがテクノ・シティなんて言う奴もいたけど、それはマークん家のベッドルームだけの話さ」続いて彼らはレイヴに陽性なノリを織り込んだ「IT'S TIME TO GET FUNKY」「SUCH A FEELING」をヒットさせるが「エナジーク」→ENERGY DISCOTHEQUEと云うコンセプトからズレてしまった上記3曲は本作に収録されていない。それにしても、ハードコア・シーンの牽引車だった彼らがUSアンダーグラウンド派もまっ青のソウル・テクノ(?)でアルバム・デビューを果たしたのは何故?

「どんなに成功したって俺達はアンダーグラウンド・ピープルを忘れない。アンダーグラウンド・シーンのパワーは俺達の基本だからな」とアンディ。

「俺達はこのアルバムで自分達自身のアンダーグラウンド性を上手くアピールできたと思うよ。テクノからディスコまで、見事にクロスオーヴァーしてるだろ?アンダーグラウンドはサウンドのスタイルじゃない。スピリットなんだ。」とカール。

 どうやら彼らのテクノから今日の姿までの転身は、クラブやレイヴの熱気を充分に吸い込んだ彼らならではのスポンティニアスな姿勢によるものらしい。前述のテリー・ファーレイやポール・オークンフォードも今でこそレーベル・オーナーやNO.1プロデューサーだけど、元々はイビザ帰りのパーティー大好き青年。現場の空気を吸ってる奴らは本当、早いなぁ。流行先取型遊び人の君、今月からカー・ステにはJリアナと、DISCO-TECHネタもよろしく!

 さて、スペースの都合もあり全曲についてコメントは出来ないのだけど、USでも大当たりの6でビザール・ディスコにハマった人には是非8 9 10そして11の繰り返しプレイをすすめる。テクノ好きなガールフレンドと一緒なら1~5だろうけどね。あと、このテのサウンドをもっと追及したい人は、AVEX TRAXのCDを買いあさって下さい!

[1993.1.15 本根 誠]

1993年1月25日月曜日

808State 「Gorgeous」


 808ステイトが'91年初めに出したアルバム『Ex:el』は、今聴いてもほんとうにすごいアルバムだと、心からそう思う。「パシフィック・ステイト」に代表される、オーガニックで流麗なサウンドと、激しく躍動するテクノ・サウンドが奇跡のように結びついたこの『Ex:el』は、エレクトロニクスが生んだ精巧なアンドロイドのようなものだったのではないだろうか。

 僕たちがかつて聴いたことのないフューチャー・サウンドに彩られたこの『Ex:el』は当然のように売れに売れまくり、イギリスではトップ5アルバムとなり、ゴールド・ディスクにまでなった。「イン・ヤー・フェイス」「リフト」「ウープス」という、3つのシングル・ヒットを生み、ツアーを行なえば地元マンチェスターのG-MEXをソールド・アウトさせるのは当然、なおかつアメリカやここ日本でもソールド・アウトに近い売れ行きを示した808ステイト。彼らの「イン・ヤー・フェイス」や「キュービック」は、'91年から'92年にかけてダンス・ミュージック・シーンを席巻するテクノ・ブームの火付け役をみごとに果たし、中には“キュービック22"なんていうモロパクリのグループまで登場してしまうくらいの影響をシーンに与えたのである。

 また、808ステイトもしくはグレアム・マッシー名義でのリミックス・ワークも相変わらず数多くこなしてもきた。フィニトライブのシングル「101」やプライマル・スクリームの「ドント・ファイト・イット・フィール・イット」を始めとして、珍しいところではイエスの「ロンリー・ハート」やデヴィッド・ボウイの「サウンド・アンド・ヴィジョン」のリミックスで世間をあっと言わせたりしている。そしてもうひとつ忘れられないリミックスが存在する。それは、メンバーが師とあおぐ日本のテクノ集団YMOの超有名曲「ライディーン」と「灯(LIGHT IN DARKNESS)」のグレアム・マッシー/808ステイト・ヴァージョンだ。これは、彼らのほかにシェイメンやオルタネイト、LFO、スウィート・エクソシストなど、ここ1~2年シーンをにぎわしているイギリスのブリープ・ハウス~ハードコア・テクノ系のアーティストによるYMOのリミックス・アルバム「ハイ・テック/ノー・クライム」に収められたもの。折からのテクノ・ブームに乗っかって、そのパイオニアであるYMOの再評価熱が高まってきた昨今だが、このシェフィールド/マンチェスターという、イギリス北部の二大テクノ・シティのアーティストを中心にしたこのリミックス盤は、大いに話題を呼んだ。その中でも、グレアムの手による「ライディーン」のリミックスは意外な展開で非常に興味深いもので、808ファンは必聴だ。

 という感じで、808ステイトは『Ex:el』で自らテクノ・ブームの種をまき、ツアーのステージでも、ソフトな曲調のものよりも、はるかにヘヴィなサウンドを持つ曲を中心に強固な世界を構築することによってその芽を育ててきた。

 その結果、世はまさにテクノ天国の様相を呈してくるわけだけれども、そうなった後の808ステイトは、何となく意識的にそうしたシーンから一歩引いて、少し離れた部分からそれをながめていたような気もする。というより、もともとそうしたシーンを作ったつもりでもなければ、そこに身を置くつもりもないといった風情でもあったのだろう。彼らは'91年中に前述した3枚のシングルを『Ex:el』からカットした後、ピタリと自身のディスクを出さなくなってしまう。

 そんな折入ってきた大ニュース。それは、4人のメンバーのうちでは最年長者で、バンドのスポークスマン的役割を果たしてきたマーティン・プライスの脱退という、暗いニュースだった。

 音楽紙などで見る限り、マーティンの脱退の理由はこういう感じだ。"『Ex:el』がリリースされた後、808ステイトがもたらしたテクノ/ハードコア・ブームは、808ステイト自身にまで逆に影響をおよぼし始めた。音楽シーンは急速度で変っているのに、808ステイトはメジャー・レーベルの反応の遅さのせいでそのスピードに乗り遅れるようになってきた。マーティンは、リリース・スケジュールの制限と遅れ、そして終りのないミーティングの連続にいや気がさしたのである"――

 このことについては、808ステイトが3人で来日公演を行なった'92年春、グレアムに直接話を聞くことができたので紹介しておこう。「実は(マーティンには)やめてもらったんだよ。なぜかというと、これはもう方向性の違いとしかいいようがない。彼は、昔の808、マニアックなクラブ・サウンドをやる808に戻したがってたんだけど、そういう回帰は12インチ・シングルなんかにはいいだろうし、オタッキーなファンもつくかもしれない。彼はそのためにも12インチ・シングルのリリースを中心とした活動をするよう主張を始めたんだ。でも、僕らはそれには全然賛成できなくて、もっと拡がりのある、より多くの人に聞いてもらえるようなレコードを作りたかった。僕ら3人はそう言ったんだけど、彼はいやだと言うんで、仕方なくやめてもらったという次第だよ」(ポップ・ギア誌'92年6月号/吉村栄一氏によるインタビューより)

 マーティン・プライスは、ジェラルド・シンプソン(ア・ガイ・コールド・ジェラルド)が在籍した頃の808ステイト、クリード・レコードからデビュー・アルバム「NEWBUILD」をリリースした頃の、ゴリゴリのアシッド・ハウス時代に戻りたがっていたのだろうか。元々マーティンは、マンチェスターのレコード・ショップ、イースタン・ブロックの3人のオーナーのうちのひとりだった。それゆえ、コンテンポラリーなダンス・ミュージックの動向についてはメンバーの中でもずば抜けて詳しかったわけである。現在マーティンは、スウィッツランド(SWITZLAND)なるプロジェクトをスタートさせているときくが、それよりも重要なブレーンを失った808ステイトの行く末を案じたのは僕だけではあるまい。

 だが、そんな日本人の不安などどこ吹く風と言わんばかりに、3人になった808ステイトは'92年2月末、2度目の来日を果たす。題して「THE TECHNOTAKU TOUR」。おいおい、何てネーミングだよこれわあ おこるぞこら。

 が、ステージは悪くなかった。すべては杞憂に終わったようである。

 「パシフィック・ステイト」「キュービック」などのヒット・ナンバーに加え、3曲の新曲「レモン」「ノーマン」「10×10」、そして何とアフリカ・バンバータの「プラネットロック」のカヴァーまで演ってしまった新生808ステイトは、目も眩むようなレーザー・ビームの乱舞の中で、よりヘヴィでポップな姿を僕たちに見せてくれたのだ。

 それから半年。'92年8月には新生808ステイトのニュー・マテリアルが我々のもとに到着した。そのシングル「タイムボム」は、ヴォコーダーが誇らし気に「エイト・オー・エイト」を連呼する(YMOの「テクノポリス」を思い出してしまったぜ)、短いながらも激しいテクノ・チューンである。

 次いでは本稿執筆時点では未発売だが、おそらく11月末にはもう1枚のシングル「ワン・イン・テン」のリリースがあるはず。そして年明け早々、世間の期待を担うニュー・アルバムが、いよいよそのヴェールを脱ぐ。


 タイトルは『ゴージャス』。


 何とも凄いタイトルだ。『Ex:el』だって相当なものだと思うけど、今回はさらにその上を行ってる。そういえば、『Ex:el』のライナーも僕が担当させてもらったんだけど、あの拙文を僕は「これはいい。何というゴージャスなここちよさだろう」というセンテンスで始めていたんだった。先見の明ありでしよ(笑)。

 それはさておき、このタイトルについてはグレアム・マッセイからのメッセージがある。「この“ゴージャス”という言葉には、いろいろな意味がある。“すばらしい”という意味だけど、それはシリアスにもなるし、逆にすごくふざけた感じでも使えるんだ。808ステイトの音楽はいつも深刻なわけじゃなくて、ユーモアのセンスにあふれていることを人々は見落としがちなんだ。YMOだってそうだったようにね。“ゴージャス”という言葉も、そんな二面性があるから、まさにこのアルバムのサウンドを反映していると思う」

 うーん、しかし本当にこのアルバムは“ゴージャズ”だ。サウンド的にも、ムード的にも、そしてゲスト陣も、である。

 前作『Ex:el』では、ニューオーダーのバーナード・サムナーと、シュガーキューブスのビョーク(彼女は最近、808ステイトのヘルプでソロ・アルバムを完成させたようだ)という豪華ゲストの参加が話題になったけれど、その点ではこの『ゴージャス』も抜かりはない。

 まずは2曲目の「MOSES」を聴いてほしい。僕も初めは耳を疑った。まさか……! この曲を808ステイトと共作し、ヴォーカルもとっているのは、元エコー&ザ・バニーメン、現在はソロで活躍する酔いどれマックことイアン・マッカロクその人なのである。両者の結び付きはとても意外なものだったが、この邂逅をもたらしたのは、この二組に共通するライティング・マンだったという。イアンはこれまで808ステイトの音楽を実際に耳にしたことがなかったという(ホントかよ?)。で、たまたまこの『ゴージャス』のデモ・トラックを何曲か耳にして、それまで嫌いなタイプの音楽だと思っていた808のエレクトロニック・ミュージックが、実はとてもいいものだということに気づいたんだそうだ。808のメンバーも、イアンの声に魅力を感じていたということで、両者のコラボレーションが実現したのである。その結果はお聴きのとおり。マイナー・キーの哀愁を帯びたバック・トラックに、マックのエモーショナルなヴォーカルはきわめてしっくりとはまっているのがわかるはずだ。そういえばグレアムが「マックは今、KLFのビル・ドラモンドと何かやっているみたいだよ」と語っていたが次のマックのアルバムは全篇ダンス・サウンドになったりして、ね。

 ゲスト・ヴォーカリストとしてはもうひとり、6曲目の「EUROPA」で浮遊感覚あふれる声を聴かせるキャロライン・シーマンにも触れておこう。彼女は4ADレーベルのオーナー、アイヴォ・ワッツ・ラッセルのプロジェクトであるディス・モータル・コイルのセカンド・アルバム「銀細工とシャドー」('87年)で、ワイヤーの「アローン」や、オリジナルの「レッド・レイン」で美しいヴォーカルを聴かせていた女性シンガーである。808ステイトがベルギーでフォト・セッションを行った時のカメラマンのガールフレンドが彼女で、その時メンバーは彼女のテープを受けとった。後になってそれを聴いて、彼らはすぐに彼女に電話したんだそうである。808ステイトは彼女の声にほれ込んでいて、今後また共作の可能性もあるらしい。

 アルバムからの2枚目のシングルでもある5曲目の「ワン・イン・テン」は、バーミンガムのインターナショナル・レゲエ・グループ、UB40の初期のヒット・ナンバー(UKチャート7位)の808ヴァージョンである。この意外なアイディアは、ダレン・パーティントンの作ったドライヴ用のテープに始まった。彼は古いポップ・レコードとダンスのブレイクビーツをミックスしたテープをいろいろ作ってるそうなんだけど、その中でUB40とテクノを組み合わせてみたら、けっこういいものになったから、ということらしい。この曲のベースラインがまたクセモノで、オリジナルも似ているんだけど、こうして808ステイト・ヴァージョンで聴くと、シンセ・ベースがもうモロにクラフトワークのモデル(アルバム「人間解体」に収録)のそれなんだよね。

 そして、この『ゴージャス』の中でも、おそらくマニアの話題を一手に集めそうなのが3曲目「CONTRIQUE」。わかる人にはわかるこのベースライン。そう、これはマンチェスターの誇るカルト(?)バンド、ジョイ・ディヴィジョンの「シーズ・ロスト・コントロール」(アルバム「アンノウン・プレジヤース」に収録)のベースラインなんだ!!

 「これは僕のアイディア。ダンス・レコードにすごくダークなものを持ち込むというね。いい効果をもたらしたと思う。早くてエキサイティングなムードの曲の中に、いきなりジョイ・ディヴィジョンが出てくるなんて、誰も思いもしないだろ? コントラストが効いてるし、クラシカルなムードももたらされていると思う。マンチェスターのクラブでこの曲をプレイすると、すごく盛り上がるよ。オリジナルはダンス・フロアには絶対流れないと思うけどね(笑)」

 この『ゴージャス』は、テクノ・ブームに対する808ステイトからの返答であるのだろうか?

 「確かに“キュービック”や“イン・ヤー・フェイス"のヒットが多くの人々をヘヴィな音楽に向かわせるきっかけを作ったことは事実だ。だが、それはいいことばかりではなかった。ここ一年くらいで、イギリスのヘヴィ・テクノは本当につまらなくなってしまった。それはほとんどロック・ミュージックといっていいようなものであり、でも僕たちが追求していたのはもっとイマジネイディヴな音楽だからね。『Ex:el』はそういったイマジネイディヴ・ミュージックのいい例さ。あの中には確かにヘヴィなテクノもあったけどそればかりじゃないだろう? しかし実際にはハードコアな方向ばかりが取り沙汰されてしまったんだ。『Ex:el』がそういったブームの火付け役となったのは確かだけど、もっと別の方向への影響だったらよかったよね。808ステイトの音楽は、よりイマジネイディヴでクリエイティヴなものだ。この『ゴージャス』は、ちまたにあふれる中身のないハードコアものへの挑戦状と受けとってもらってかまわない」(グレアム)

 そう、この『ゴージャス』は、もはや一般レベルで考えられる"テクノ・アルバム”ではないのだ。確かに新しいテクノロジーはガンガン使われているし、複雑になってもいる。しかし何よりすごいのは、テクノロジーを駆使すればするほど陥りやすい罠から、808ステイトは完全に逃れていることだ。まず、このアルバムは、アッパーイケイケなムード(「10×10」「タイムボム」など)と、ゆったりとくつろいだムード(「BLACKMORPHEUS」など)がバランスよく共存することによって、モノトナスになる危険性を回避している。そしてもうひとつ、ここで聴けるエレクトロニック・ミュージックが決して“非人間的”なものではないということ。808ステイトはこれまでも、高度なテクノロジーを使いつつも、アナログ的な質感を大事にすることによって、マシーナリーになることなく暖かみのあるサウンドをクリエイトしてきた。しかるに808ステイトは、『ゴージャス』において、そのサウンドに香るような“なまめかしさ”を加えてきたのである。もうこれは“色気”といいかえてもいい。このあまりに艶っぽい音の感触は、凡百の808コピー・バンドがいくらがんばっても、絶対に追いつけない領域にまで達している。

 この『ゴージャス』を聴いた後では、“エレクトロニック・ミュージックは魂や感情に欠ける”といった物言いはもはや無効である。これは、最新のテクノロジーが生み出した、'90年代のソウル・ミュージックなのだ。これが本物なのだ。もはや寄り道していることは許されない。ここにのみ、真実がある。

 かくして、テクノは新たな段階へと進んだ。そのあかし、それがこの『ゴージャス』である。

[1992年9月29日(NOVEMBERREMIX) 杉田元一]