1994年9月19日月曜日

グリッド 「イヴォルヴァー」


  この夏、イギリスでは、ラジオやテレビでバンジョーの音が鳴りっぱなしだった。といっても、カントリーがヒットしたわけではない。その音の仕掛人は、このCDの主役グリッドだったのである。6月にシングル・カットされた「スワンプ・シング」は、あっけらかんとした明るい曲調と、一度耳についたら離れないバンジョーのサビで、じわじわとクラブを中心に売れていき、7月になるとナショナル・チャートでも1位を何週も続けるほどになっていた。U.K.は、もともとダンスものの強い国だし、チャートの上位にダンスものが食い込むことも珍しくない。しかし、それはほとんどの場合2アンリミテッド、カルチャー・ビート、Mピープル、スナップなどのコマーシャルで歌の入ったポップ・ソングである。純粋にクラブ向けに作られた曲が、こんなに売れてしまうのはあまりあることではない。しかし、それだけ「スワンプ・シング」が完成度の高い曲だったと言えるだろう。

 グリッドは、このアルバムが既に3枚目となり、めまぐるしく新人の出てくるダンス・ミュージック界ではベテランと呼べるキャリアを持っている。メンバーはデイヴ・ボールとリチャード・ノリスの2人。デイヴ・ボールは80年代初期に活躍したエレクトロニック・ポップ・グループ『ソフト・セル』のメンバーで、妖艶な声を持ったマーク・アーモンド(現在はソロで活動中)とともに「テインテッド・ラヴ」ほかのヒット曲と3枚のアルバムを残している。リチャード・ノリスは、もともとイギリスの音楽新聞『N.M.E.』の記者という変わり種で、アシッド・ハウスがイギリスで猛威を振るった87年から88年頃には、ジェネシス・P・オーリッジ(もとスロッビング・グリッスル、サイキック・TV)率いる『ジャック・ザ・タブ』や『MESH』というアシッド・ハウスのユニットに参加。そこでやはりハウスに目覚めていたデイヴ・ボールと出会う。リチャードは、15人が同時にレコーディングを進め、それぞれが1曲に1時間しか使ってはいけないというジェネシスの奇抜なアイディアを破り、1時間半を使ってしまったため、グループをクビになり、それがきっかけで、グリッド結成にいたったという。

 ファースト・アルバムは90年にリリースされた「エレクトリック・ヘッド」だ。これは、まだ、ロック/ポップス色が残っている(ヴォーカルが多用されている)ものの、アシッド・ハウス・フィーバーの発火点イビサ島からの影響をそのまま曲にした傑作「フローテーション」で、その後の方向性を見いだしている。レコード会社をイースト・ウェストからヴァージンに変えた彼らは、移籍後第1弾の「ブーム!」で、いきなりエクスタシーを経験し何かが変わったかのように、それまでひきずっていたニュー・ウェーヴ色を払拭し、軽快なビートを編み出す。それ以降は、トッド・テリーを起用し、サックスをフィーチャーした「フィギュア・オブ・8」、ブライアン・イーノと組んだ「ハート・ビート」と立て続けにクラブ・ヒットを放ち、アルバム「456」をはさんで発表された「クリスタル・クリアー」では、現在まで関係の続くイギリスのトップDJジャスティン・ロバートソンと初めて組み、当時のイギリスを席巻していたプログレッシブ・ハウスの波とも相まって大ヒットする。その後は、またディコンストラクションに移籍し、現在に至るのだが、彼らは、その長い活動歴からもわかるように、決して若くない。10代、20代中心、しかも先に述べたように、常に新しいアーティストが出てきて新陳代謝の異常に激しいクラブ・シーンにおいて、これだけ長い間コンスタントにヒットを放つのは並大抵のエネルギーではないだろう。このアルバムからも「スワンプ・シング」以外に既に「テキサス・カウボーイズ」、「ローラーコースター」もヒット・シングルになっている。確かにクラブでは年齢も、人種も、性別も関係ない。みんな楽しく汗を流し、時には誰かから水が回ってきたり、笛の音があちこちで鳴り、それがまるで話をしているようだったり、名前さえ知らない人と抱き合ってみたり…。彼らはそれを象徴しているかのように自由奔放で、いつまでも新鮮で、若い! 日本の若い人は20歳あたりになるともう「私も歳だし」などと言い出すが、そんな人達にグリッドの爪の垢を飲ませてやりたい。

 実は、今年の夏、ロンドンでグリッドのライヴを体験する機会があった。サポートはDJにジャスティン・ロバートソン、ライヴにハイヤー・インテリジェンス・エージェンシーとかなり美味しい組み合わせだった。ジャスティン・ロバートソンは来日もしているし、自らライオンロックとしてレコーディングもしているので、説明の必要はないだろう。ハイヤー・インテリジェンス・エージェンシーはバーミンガム出身のインテリジェント・テクノ系のグループだ。まだ日本では知名度が低いが、ヨーロッパではかなり評価が高く、10万人を集めた今年のラヴ・パレード(ベルリンで行われるテクノ祭り)でも、素晴らしいライヴを披露していた。{余談になるが、グリッドは「ローラーコースター」のシングルでも、グローバル・コミュニケーションズ(=リロード)にリミックスを依頼しているので、インテリジェント・テクノにも注目しているのだろう。}グリッド本体のライヴはというと、「456」発表時に見たものよりセットや衣装がかなり凝ったものになっており(「スワンプ・シング」のビデオに見られる、真っ白なやつだ)、サポートのメンバーも増えていた。例えば、「クリスタル・クリアー」のサックスや、「スワンプ・シング」のバンジョーは、生で演奏されていて、ライヴならではの躍動感が生み出されていたし、それによって、客の方も(クラブで絶叫というところまではいかないものの)だいぶいいノリになっていた。しかし、何より白眉だったのは、ステージの後ろに山のように積み上げられたモニターで、そこからは、絶えず彼らの作った映像が曲にシンクロして流されていた。グリッドのプロモーション・ビデオはなかなか日本では見る機会がないが、CGを多用し、かなり完成度の高いものになっている。以前読んだインタビューでも、彼らはかなりコンピュータに入れ込んでいると発言しており、音楽だけでなく、そこにビジュアルの要素を取り込んでいくことを今後の課題としていくようである。完全にコンピュータによってコントロールされるエレクトロニック・ミュージックだからこそ、その同じコンピュータというプラットフォームで映像をコントロールすることも可能なのだ。個人的には、ライヴよりもそういった方面の彼らの活動に注目している。なぜなら、例えばワープの「アーティフィシャル・インテリジェンスII」や、フューチャー・サウンド・オブ・ロンドンの「ライフ・フォーム」のように、今後ビジュアル方面に力を入れるエレクトロニック・ミュージックはもっと増えていくと思われるからだ。そういえば、いま話題のインター・ネット上にもグリッドは進出していて、サンフランシスコのレイヴ・フォーラムなどにアクセスすると、彼らのディスコグラフィーや、最新の曲(デモなども含まれる)が聴けるそうだ。クラブ・カルチャーは、一方で12インチのアナログ盤や、クラブ(寄り合いの場)という大昔からあるフォーマットをメインに拡がっているが、一方で、デジタルなコンピュータ・ネットワークにも確実に進入している。その両方のフォーマットに共通しているのは、スピードだ。12インチはジャケットも作らず、曲の完成から1~2ヶ月でリリースすることが出来るし、クラブでは、その日レコード屋の店頭に並んだ新曲がガンガンかかる。同様に、コンピュータ・ネットでは、ミュージシャンのスタジオからアップロードされた最新の曲が、世界中のどこからでも、自分の部屋を一歩も出ることなく聴くことが出来るのだ。その辺にまったく自覚的であるグリッドは、今後もシーンの最前線で活躍してくれることだろう。来日公演も予定されているというから、そちらの方も楽しみだ。また、何か新しい仕掛けで驚かせてくれることだろう。

(KEN=GO→)