1993年6月21日月曜日

VARIOUS 「エリア・コード313 | デトロイト・テクノ・コンピレーション」

 


黒いアンヴィエント・ハウス

アメリカ合衆国、ミシガン州、デトロイト。

アメリカ全土からみれば、小さな都市の部類に入るここデトロイトは、自動車産業を基盤として台頭したアメリカ有数の工業都市である。人口の80%以上を占めるのが黒人ということもあり、モータウンに代表されるブラック・ミュージックの盛んな都市としても有名だ。この地に、「デトロイト・テクノ」なるプライオリティの高い独自のサウンドが誕生して、はや6年。光陰矢のごとし、月日の流れの何と早いことか。「デトロイト・テクノ」の音楽的性格は硬質かつ金属的、機械的にして野性的なリズムをベースにしたアンヴィエント・ハウスであること。アンヴィエント・ハウスといえば、いまでは「ブライアン・イーノ→KLF→オーヴ」という、一連のプログレッシヴ・ロックからの派生型的ハウスを指す。

 しかしアンヴィエント・ハウスのカテゴライズは、単にそれに止まらない。その構成要素として、808ステイト「パシフィック」が重要な位置を占めることをご存知だろうか。ZTTレコーズから、この曲でデビューを果たした808ステイトだが、同時にインディ時代の最大のヒット曲でもあったことを知る人は意外と少ない。ZTT盤ではもうあまり感じられないが、インディ盤ではこの曲を最後に脱退したジェラルド・シンプソンの影響が色濃く反映されている。それは、何か?

ベース・ライン、である。

 ZTT盤では、鳥の鳴き声のサンプリングやソプラノ・サックスによる美しいメロディーばかりが取り沙汰されたため、この曲に対するベース・ラインの貢献度については語られなかった。しかし黒人特有(ジェラルドはマンチェスター在住の黒人)のうねるようなグルーヴィーなベース・ラインがあってこそ「パシフィック」は「パシフィック」で有り得たのだ。

 その証拠に、808ステイトの曲。「パシフィック」以外、すべてのリズム、ベース・ラインが「ロック」しているのである。やはり白人の構築するダンス・ミュージックと黒人のそれとは、リズム、それもベースラインに大きな違いがあるようだ。

 デトロイト・テクノの魅力も、やはりグルーヴ感のあるアンヴィエント・ハウス、といえるのではないだろうか。デトロイト・テクノ3大プロデューサーのひとりデリック・メイの作品を聴いてほしい。その中でも、デトロイト・テクノ初期の傑作と絶賛されたシングル「ヌード・フォト」は、スピーディーな展開と幻想的なメロディーをもつ第一級のデトロイト・テクノ。ここでも特有の強烈なグルーヴが、そのウネルようなベース・ラインによって打ち出されている。その事実は、彼が最近手掛けた一連の作品でも変わらないようだ。特にイタリア産アンビエント・ハウスの名曲「スエーノ・ラティーノ」のリミックスは、彼の魅カが充分に生かされている。キックとスネアを全面に出さず、16分と32分を絡ませたハイハットと躍動感溢れるテインバレ系パーカッションの組み合わせによって、独特のスピード感をもつトランシーな仕上がりを担っている。


313デトロイト

 このCDのタイトル「エリア・コード313」とは、デトロイトの市外局番からネーミングされたものだ。ここには、アンダーグラウンドなデトロイト・テクノ8作品が収録されている。

 オープニングは、ケニー・ラーキンのニュー・プロジェクト『ダーク・コメディ』。彼はデトロイト・テクノ・ファンならお馴染みのカナダのレーベル「+(プラス)8」で活躍したアーチスト。このカナダ産デトロイト・テクノのレーベルは、その名の通り、ターンテーブルのピッチを「+(プラス)8」にしてDJプレイをさせるのをコンセプトにした超高速デトロイト・テクノ。しかし『ダーク・コメディ』プロジェクトでは、ドラマティックな雰囲気をもつデトロイト・テクノをクリエイトしている。

 リール・バイ・リールは、ジュアン・アトキンスのメトロプレックス発。ジュア

ン・アトキンスは、“マジック”ジュアンの愛称で親しまれるデトロイト・テクノ界のゴッド・ファーザー。彼が参加したリール・バイ・リールの新曲なだけに、独特のグルーヴ感が加味されたサウンドになっている。カール・クレイグといえば『プラネットE』。彼が主宰するこのレーベルは、いま日本でも大人気の新興デトロイト・テクノ・レーベルである。ピース『フリー・ユア・マインド』もそうだが、特にこのCDのラストを飾る69(シックスナイン)『ディザイア』が推薦。アンビエント・ハウス界の「ファンキー・ドラマー」(?)と呼ばれるこの曲を、カール自身はジャズ・ファンクだという。もちろん「いわゆるジャズ・ファンク」とは違うが、既成のデトロイト・テクノとは差別化されるべきそのベース・ラインは、まさに新たな90年代ジャズ・ファンクのカタチなのかも知れない。おそらくいま一番輝いているいるデトロイトのアーチスト、エディー・“フラッシング”フォルクス『ワーウィック』もおもしろい。彼はベルリンのレーベル『トレゾー』からもリリースするなど、その活動の範囲も幅広く、当然彼がクリエイトするサウンドも単なるテクノには止まらない。アンダーグラウンド・レジスタンス『アイ・オブ・ア・ストーム』にも通ずるソウルフルなテクノ・ハウスは、まさに21世紀のディスコ・サウンドに違いない。

 先に述べたとうりデリック・メイ『ヌード・フォト』のライターとして知られるトーマス・バーネットのサボタージュは、極上のアンヴィエント性をもったデトロイト・テクノ・プロジェクト。ドリーミーなアンヴィエントトランス(アンヴィエントートランスを掛け合わせた造語)をダンス・フロアーに享受する無次元クラブ・サウンドといえるだろう。サントニオは、インナーシティ、リース・プロジェクトで有名なケヴィン“マスターリース”サンダーソンとパートナーシップを組んだシングル『ロック・トゥ・ザ・ビート』の大ヒットで知られる人物。またK.E.L.S.E.Y.のマーク・キンシェンは、かってケヴィン・サンダーソンのKMS(彼の頭文字)レコーズからもリリースしていたデトロイト・テクノのパワフル・エイジ。現在はモビーと共同プロダクションを経営する傍ら、B-52's、シェイメンなどのリミックスを手掛ける多忙ぶり。彼のエリア10・レーベルからリリースされていたこの曲は、完全無欠のアンダーグランド・テクノ・チューン。

 インフォネットが企画したこのCDは、すでに昨年末には輸入されて、日本の高感度なナイト・クラヴァーたちにはマスト・スタッフ。最近では入手も困難だったため、実に待望の国内盤リリースだろう。

 デトロイト・テクノとインフォネット、いまイチバン、目が離せないクラブ・トレンドの同期せよ。

1993.4 NOBBYSTYLE