1992年8月1日土曜日

T-99「マキシマイザー/アナスタシア」


T-99は1988年、スタジオ・プロジェクトとして生まれた。

 ベルギーのインディペンデント・レーベルのプロデューサーで、テクノトロニックやクアドロフォニアという世界的大スターを育て、影で仕掛けた男、パトリック・デ・マイヤーが自らのプロジェクトとしてはじめたのである。その当時、ヨーロッパで流行の兆しを見せていたニュー・ビートやロンドン発ハウス・サウンドの影響を大きく受けたファースト・シングル「Invisible Sensuality」は、アンダーグラウンドのハウス・シーンでは絶賛をあびるが、チャートでは不発に終わる。

 その後、「Slidy」、「Too Nice To Be Real」といったシングルをリリースするがいずれもインターナショナルなチャートでは成功におよばず、アンダーグラウンド・ヒットに終わる。しかし日本を含めた"早い物好き”のクラプDJやテクノ/パンク・ファンには、T-99の名前はすでにビッグ・ネームになりつつあった。

 そのT-99に大きな変化がおとずれたのは、クアドロフォニアのメンバーで、プログラマーであり、そしてコンピューター・キッズであったオリバー・アベルースがプロジェクトに参加してからである。昔のホラー映画のサントラや古いアナログのシンセなどが好きで、趣味はコンピューターであると言い切る、根っからのテクノ・オタク=オリバーは、ニュー・ビート全盛時代のベルギーのクラブでDJもこなしていたという変態人間である。

 彼ら2人のプロジェクトとして再出発した初めてのシングルが、なんとあの「アナスタシア」であった。オリバーが自ら理想の女性の名前を冠したというこのシングルは、テクノ、ハウス、ニュー・ビートなどすべてのダンス・ミュージックの影響を受け、なおかつ、脳に直接刺激を送るような爆発的サウンドで、まずDJ連の圧倒的支持を得、クラブ・フリークの人気をあつめるようになっていった。

 1991年初頭にまずベルギーで発売され、爆発的に大ヒットを記録。その後ヨーロッパ各地のチャートを制圧したのち、イギリスに上陸。イギリス各地のレイヴ・パーティなどで圧倒的な支持を得て、ついにはナショナル・チャートの14位に初登場。ラッパー、ゼノンと3人のヴォーギング・ガールズというライヴ用T-99がイギリスでショウ・ケースを行なううちにシングル盤はあれよあれよと上昇を続け、ついにナショナル・チャート第2位を記録する大ヒット曲となってしまったのである。

 この大ヒットに刺激されたフォロワー達が無数に現れてきたのは、いかにこの「アナスタシア」という曲のインパクトが強かったかということを物語るものだと言える。キュービック22、LAスタイル、2アンリミテッドなどいまだにチャートに現れては消えるテクノ・ミュージックの発火点はこの「アナスタシア」であったのだ。

 前述の“ライヴ用T-99”はその後、スペイン、イビサ、ドイツ、フランス、ベルギーなどをツアー。パワーあふれるゼノンのラップと世にも奇怪な姿をしたヴォーガー達がくりひろげる謎のステージは、T-99の音楽そのもの、脳みそぐちゃぐちゃステージである。そのステージの評判と共に、T-99は各国でスーパー・スターとなっていった。その後ステージ用バンドは“レベッカ”というヴォーカリストを加え、アメリカにも上陸。アメリカ・コロンビアというメジャー・レーベルからのリリースも決定し、ますます活動を加速させている。

 おなじ頃、アメリカや日本のクラブ/ディスコ・シーンでも、長い間なかったディスコだけのヒット・ソングとして熱狂的に迎えられ、昨年ダンス・フロアーNO.1のヒット・シングルとなった。現在、日本全国の主なディスコで、ここ一番の盛り上がりの時に必ずかかる曲、かければ必ず盛り上がる曲、それが「アナスタシア」であり、T-99である。

(unknown)